【超アドラー心理学】嫌われる勇気を超えて、自分の人生に集中しよう

 

悩める現代人のお助けアイテムとして本屋に並ぶ自己啓発本。

一度くらい目を通したことのある方も多いのではないでしょうか。

2013年に出版された嫌われる勇気もメジャータイトルのうちの一つです。

悩める青年とアドラー心理学を説く哲人との対話形式で進む物語は、

活字の苦手な方にもきっと読みやすい一冊でしょう。

物語の中で哲人はこう言いました。

「すべての悩みは対人関係の悩みである」と。

 

哲人はさらに言いました。

「自由になるために他者から嫌われることを恐れるな」と。

 

嫌われる勇気を読む上でおさえておきたいポイントとなるのが、

嫌われるという目的を持つことが悩みの解決になるのではなく、

不自由な場所から飛び出ることが自由なのではない。

というところなのではないでしょうか。

 

青二才の青年と共に【超アドラー心理学】を紐解き、じっくりと学んでいきたいと思います。

アドラー心理学とは

誰のどういう理論なのかというと…

時は19世紀後半、オーストリアのウィーン。

アルフレッド・アドラーは、ユダヤ系の中流階級層の両親のもと6人兄弟の次男として生まれました。

 

アドラーは精神学の父フロイトやユングと並び、心理学の巨匠と呼ばれています。

病気に苦しんだ幼少期を経て医師となった彼は、フロイトの研究グループに参加し、精神分析についての研究を始めるようになりました。

アドラーは自身の打ち立てた個人心理学において、人間存在を”個々の要素の集合体ではなく分割できない全体である”と定義しました。

個人心理学の中のひとつの概念として、共同体感覚という言葉がたびたび嫌われる勇気の中にも登場します。

この共同体感覚を現代的に描写しているのが、2017年に漫画としてリバイバルされた吉野源三郎さんの「君たちはどう生きるか」の作中。

デパートの屋上に立つ主人公のコペルくん(当時中1)が銀座の路上を歩く人々を眺めるシーンです。

彼はその時の感覚を「自分を広い世の中の一分子だと感じた」と話し、その話を聞いたコペルくんの叔父さんはのちに手紙を送って彼を諭します。

叔父さんは、コペル君が自分自身を、広い世の中の一存在として見るようになったことを、天動説から地動説への転回にたとえた。子どものうちはどんな人でも、天動説のように自分中心の考えをしているが、大人になるにつれて、世の中の構成員の一人として自分自身をとらえられるようになる。大人になっても手前勝手な考えから抜けきれない人も多いが、この世の真理を知るためには、自己中心的な考えを捨てなくてはならない。

出典元:君たちはどう生きるか/本の要約サイトFlier 

天動説!?宇宙規模のスケールのデカい話になってきましたね。

嫌われる勇気に話を戻すと、”他者を仲間だとみなし、そこに自分の居場所があると感じられること”が共同体感覚なのだと哲人は説明しています。

大体の雰囲気はつかめたということにして先に進みましょう。

 

嫌われる勇気とは

もちろん、ここでいう嫌われる勇気は、

勇気をもって無礼にふるまって、人から嫌われようという話では全くもってありません。

嫌われる勇気とは「人からどう思われているかなんて気にならないくらい自分の人生に自信を持てているか?」という問いかけでもあるのです。

人からどう思われているかって…

気になりません?

 

嫌われる勇気が持てない理由…

それは「自分の存在を認めてもらいたい」という承認欲求

個人的な感情の中にグルグル渦巻いている、別名「嫌われたくない病」

嫌われたくない病に罹ると、いつでも瞬時に自分の立ち位置を最優先にする思考癖が染みついてしまいます。

自分の世界観という色眼鏡とマスクをつけてふさぎこんでいると、目の前の事実も歪んで見えてくるもの(トホホ)

アドラー心理学ではそれを劣等感と定義しているのではないでしょうか。

人間は社会的生き物、なんて言葉がありますね。

ちょっと外に出れば自分とは違った日常を送っている人々と相まみえることになります。

たとえば仕事中。ひとたび注意を受けると注意されたという印象だけを受け取り、

「はぁダメな自分…」としょんぼりしたり「自分は悪くない!」と反発してしまうこともあるかもしれませんね。

でも、指摘を受けることで初めて人はその指摘に納得できない理由を考えることができます。

つまり自分の考え方や習慣行動を見つめなおすきっかけになるのです。

そんなきっかけを与えてくれる人こそが”嫌われる勇気”を教えてくれた人なのではないでしょうか。

 

アドラーがざっくりわかる名言5選

アドラーは、心理学者として研究を進める中でたくさんの言葉を残しています。

どんなものが現代まで語り継がれているのか、そのうちの5つをみてみましょう。

1.何が与えられているかではなく与えられたものをどう使うか

自分が何を所有するかではなく、与えられているものをどう使用するかが自分で選択できることである。必要なのは交換ではなく更新だ。

2.人生は他者との競争じゃない

人は対人関係の中で自分が正しいと確信した瞬間、相手は間違っているという思い込みが始まる。
自分が正しいと思うならほかの人がどんな意見であれ、正しさを主張する必要はない。

3.人生の嘘から目を逸らすな

口実を設けて自分の人生の課題から逃げることは「人生の嘘」である。
他者や世界が「敵」に変わったのではない、自分の目的が変わっただけだ。

4.他者からの承認の道を選ぶのか、承認なき自由の道を選ぶのか

自分の人生を他人任せにすることは、自分に嘘をつき、周囲にも嘘をつき続ける不自由な生き方である。
自由な生き方を選んだ者は、自由であろうとする者を応援できるはずだ。

5.縦の関係ではなく、横の関係の先にある勇気づけこそが自力で問題解決するための援助

褒められて喜びを感じるのは、縦の関係に従属し自分に能力がないことを認めているのと同じである。褒めるとは、能力のある人が能力のない人に下す評価。

 

ぐさぐさ胸に刺さる言葉もありますが、どれもごもっともですよね。

 

課題の棲み分け

アドラー心理学では人生における仕事、交友、愛の課題という3つの人生課題について4つの目標を示しています。

その1 人々はわたしの仲間であるという意識を持つ
その2 わたしには能力があるという意識を持つ
その3 社会と調和した暮らしをする
その4 自立した行動をする

シンプルでわかりやすい指針ですね。

ここから課題の棲み分けについてもう少し探求していきましょう。

課題の棲み分け、つまり共存するために必要なのはそれぞれの距離を適正に保つことにあります。

どんなにペットが可愛くても24時間一緒にいて会社にまで連れていくことはできませんよね。

相手との距離感を知るために必要なのが課題の同一化の理解、そして課題の分離です。

 

その流れとしては…

 

ひとつめ。

今の自分が誰とどんな課題を同一化してしまっているのかを理解すること。

ふたつめ。

同一化している課題をはっきりさせ、いったん分離し再定義すること。

そしてみっつめ。

再定義した課題について今自分がやれること、やりたくないことを見つけること。

 

…と、こんな感じでしょうか。

 

課題を棲み分けると同時に、また他の重なりが生まれることにもなりますが、

せっかく分離した課題をまた再び同一化してしまう可能性もありますから、

自分の座標(目的)だけは他者に譲らないことが肝心でしょう。

 

自分の人生に集中する

感情に振り回されない人生

ここでひとつ、たとえ話をしましょう。

とある高校で野球部のマネージャーになった人がいたとします。

ユニフォームのお洗濯やボール磨き…

新しく何かをはじめる時って緊張もあれど新鮮で楽しいもの。

地道な練習時間を共有するうちにチームの一体感は増してきますよね。

試合が白熱すれば、マネージャーの握る拳にもぎゅっと力が入ることでしょう。

もしそこで大切な球友がデッドボールを受けたりすれば、

ついつい「うぉーりゃぁー」と突撃したくなるかもしれません。

でも、もし仮にスカートのままピッチャーマウンドに上がったとしたらどうなるでしょうか。

審判にぴりりと笛を吹かれ、試合が中断してしまいますよね。

「課題の棲み分け」というのは「分をわきまえる」ということでもあると思います。

勢いだけで突っ走ってしまうと、棲み分けるべき相手の背景まで無視してしまいます。

大人なら、浅い感情の振り子に振り回されない成熟した人生を、目指したいところですよね。

さて、そのために必要なエッセンスとは一体なんなのでしょうか。

 

普通である勇気

指示されたことだけをするというのは誰にでもできるいわゆる普通のことでしょう。

今やその単純系作業はロボットが一端を担っているというのが現実だったりもします。

AIには簡単でも、余計な脚色をせずに普通のことをやり続けるというのは案外難しいものです。

単純系作業を続けていると、もっと上を目指したい!という向上心を持ち始めるのが人ですからね。

アドラーはそれを劣等感の対になるものとして優位性の追求と呼びました。

それは自分の至らなさを直視し認めるということでもあります。

姿見に映さなければ自分の立ち姿を見ることはできないように、

自分だけで自分を捉えようとすると必ず盲点(スコトーマ)が生まれます。

自分の中の劣等感を他人や環境のせいにするのをやめて少々待ってみると、

かかわりの深い人物や場所から自分の足りない部分を教えてもらうことができます。

色んな人がいるからこそ、足りない感情の動きを味わえるとも言えますね。

 

まずは自分の隠れた目的を知ろう

嫌われる勇気は青年が一面の雪景色の上に広がる星空を見上げるシーンで幕を閉じますが、

“人生を再選択せよ”という帯の巻かれた幸せになる勇気という続編が出版されています。

二部作だったんかい!とツッコミを入れたくなったことはさておき、

自分が選択できることというのは、あくまでも自分の意志によるものです。

 

「他責にしない」

 

自らの人生を歩むスタートラインはそこにあります。

すべては自分で決めていることなんだということを自覚できれば、

自分がどうなりたいのかを問い続けながら、自分の人生に責任を持てるようになります。

 

なので、おすすめは、

小さな「自分で決めた」を書き記して集めること。

・この仕事につくと決めた。

・今日は勉強をすると決めた。

・今日は休むと決めた

その積み重ねに、自分が決めて歩んだ道(物語)が浮かび上がります。

そこにはあなたの隠れた目的、「人生の課題」もみつかるはずです。

小さいことですが続けるととても大きな納得があなたの前に表れるはずです。

 

そしてその物語は、

実はあなたのそのカラダにも表れているのですが・・・

どうも長くなってしまうので、今日はこの辺で。

続きが知りたい方は、この先をチェックしてみてください。

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