老子の思想『道徳経』孔子がビビった!超ロックな名言を徹底解説したポヨ

 

”老子”ってなに?

 

え?なんか古臭い

 

老子ってただの世捨て人でしょ?

 

仙人乙ww

 

名前からしてじじくせえw

 

 

って思ってるそこのあなた!

 

老子に対してそんなイメージを持って敬遠するのは、

マジであまりにもったいなすぎる!

 

老子の教えっていうのは、

ただの”おじいちゃんの知恵袋”じゃあない。

 

実は、老子こそ、

このデジタルに囲まれた現代で、

「いかに生きるべきか」

その本質をシンプルに語ってくれている

超クールな教えなんだ。

 

まさに「大人の学び直し」として

現代で最適な、最高の教養だろう。

 

この老子の教えは、

”人体をもつ人”であれば、

あらゆる人に通ずる普遍的なレクチャーだが、

特にこんな人におすすめだ。

  • 肩肘張って、ついついかっこつけちゃう癖がある人
  • どこか本当の自分を抑圧して生きてきてしまった人
  • このデジタルばかりフォーカスされる世の中に違和感・生きづらさを感じている人
  • 自分探しの旅に出てみたはいいものの帰ってくる場所がわからなくなった人
  • 人間関係で悩んでいる人
  • 生きることの本質を知りたい人
  • ”真のリーダー”になりたい人
  • 尊敬できるリーダーの下で真剣に学び働きたいと思っている人
  • 最近めっきり老けたなーって人
  • これから大人になる若者

 

老子の”叡智”は、このような悩みや志をもつ人たちの

岩のように強張ったささいな偏見の隙間から、

水のようにスッと流れ込んで、内側から

ジュワーーっと溶かしほぐしてくれる・・・

そんな効能を持っている。

 

老子を学べば、

あなたは明日から、

日頃ふんころがしみたいにくっつけまくってる

余計な思考やマインドは洗い流され、

周囲の目線に縛られることなく、

ありのままに生きられるようになるだろう。

 

しかし、老子を学ぶ上で気を付けたほうがいいこともある。

だれでも一度は耳にしたことのある、

「上善は水のごとし」

「和光同塵」

「大器晩成」

「無為自然」

これらは老子が元ネタだが、

これらのシンプルな教えは、シンプルすぎるゆえに

カン違いされて全くちがった解釈をされることも多い。

 

今回は、

そこんところのポイントも含めて

超かっけーーーー!老子の教えについて、

わかりやすく解説しちゃうぽよ。

 

それではいってみよう。

 

いざ、デジタル老子!!

 

老子とは?

 

まず簡単に老子の説明をしよう。

 

”老子”とは、

今から2500年以上前の中国春秋時代(漫画『キングダム』の時代)

の哲学者の名前であり、

その教えが書かれた書物『老子(道徳経)』の名前でもある。

 

現代の学校教育に科目として残っている「道徳」

その元ネタは、この「老子道徳経」ってわけだ。

 

その作者とされる”老子”は、

この「道徳」=”道”と”徳”を体得し、

官僚(お役人)としてバリバリ働いていたそうな(諸説あり)

 

ある日、老子は、

「そろそろわしの体も国もじじいになってきたし、

わし、もう隠居するんで!じゃっ!!」

と、官僚をやめて、永遠の都ローマに旅立とうとした時、

 

関所の役人に止められて、

「隠居するなら、その前にぜひ教えを残していってください!!!

と頼まれ、

 

「しょうがねーなーちょっとだけだぞ?」

と、その81章にわたる教えを書き残した。

 

それが

「老子道徳経」ってわけだ。

さて、この「老子道徳経」だが

現代の学校教育で習う表面的な”道徳”

=あれは善でこれは悪だ、などという

”言葉”でやりとり(ディベート)して結論を出そうとする

二項対立の形式的なマニュアルを説いたわけじゃあない。

 

そんな安易な”道徳”、”老子”からしたら、

「なんの意味もないっ!!いますぐ捨ていっ!!」

と言われちまうだろう。

 

二項対立とは・・・?

 

ちなみに、”二項対立”とは、

「いる」「いない」

「できる」「できない」

「善」「悪」

「美」「醜」

ものごとを二分割にして、どちらか一方しか選択できない、

A or  B

というものの捉え方。

ここには必ず、”対立”と”上下”が生まれる。

 

たとえて言うなら、

クラスで誰もが認める美人がいたとして、

その美人を「美」の基準に”固定化”してしまうと、

その偏見の反作用で「クラス1のブス」が生まれてしまう

というのが二項対立の仕組み。

 

その結果どうなるかというと、

その美人に群がるグループは、ブスを見下し、優越感を感じ、

一方、ブスのグループは美人を妬み、劣等感にさいなまれる。

こうして、二項対立の固定化したものの見方によって、

”上下”と”対立”が生まれ、

生産性、創造性のないどよ~んとした空気感が漂うことに・・・。

 

肚の底では誰もそんなことは望んでないのに、

本当はブスも美人も互いの違いを多角的に認め合えば、

分かり合えたかもしれないのに、

お互いに”二項対立”に同意してしまったことによって、

結局は、同じように”同調圧力”に苦しむことになる(同一化)

 

二項対立では、”対称性の破れ”は起こらない。

つまり、何も”創造”されないってこと。

 

老子は、言葉での形式的な”道徳”や”法”を

いくら並べ立てたところで、

それは結局、”二項対立”を生み出し、

”上下対立同一化”の亜空間知能(同調圧力)の罠にひっかかることを、

鋭く見破っていたわけだね。

 

その洞察力と歯に衣着せぬ物言いを示す

老子のクールなエピソードがある。

 

次にご紹介しよう。

 

孔子もビビらせた老子伝説

老子と同時代に生きた、有名な人物に”孔子”がいる。

孔子には3000人の弟子がいて、

当時国々を渡り歩き、各国の王に教えを説きアドバイスしていた。

さながら巨大コンサルティング会社の社長だ。

一国の王にまで”成功”という名の「自己実現」を説いていたわけだから、

まさに最強の自己啓発家ともいえるね。

そんな超意識高い系の”孔子”と

意識(重心)低い系”老子”との

興味深いエピソードが残っている。

 

こういう話だ。

 

老子が役人をしていたころに、

すでに成功していた孔子が訪ねていって

「礼」について教えを乞うた。

 

しかし、老子は孔子のことを褒めるどころかこう一喝する。

 

死んだ昔の人の言葉をありがたがっていてもそんなものにはなんの価値もない。

だいたい、お前の態度が気に入らないね。

その高慢なプライドと欲張り根性、

その下品な野心を捨てたらどうだい?

 

・・・というような感じで爽快に一蹴。

 

そして、こんなことを言われた当の孔子は、

老子の印象について、

「はじめて龍というものを見た・・・」

と語ったそうな。

あの最強の自己啓発家に、そこまで言わしめた

老子の存在感たるや

まさに覇王色の覇気。

ワンピースで例えるなら冥王レイリーさん

スターウォーズならばマスターヨーダ

そんな風格を漂わせている。

 

このエピソードが事実であるかどうかはわからないが、

いずれにせよ、このエピソードを書かざるを得ないような時代背景、

つまり、当時、孔子の教えが二項対立の上下対立に偏りすぎていた、

というような危機感があったのかもしれない。

 

しかもさらにおもしろいのは、

老子の思想を受け継いだ、荘子っていうのがいるんだけど、

この荘子は、教えを説く際のたとえ話に

よくこの孔子を引き合いに出して論破するってことをやるw

「あいつのいってることはただの二項対立を生み出す言葉酔い(机上の空論)だ」

といわんばかりにね。

ちなみに、この孔子の説いた教えが、

のちに「儒教」となり、中国や韓国、日本にまで広まって、

各文化に根付いていったんだけど、

この孔子の「儒教」にこそ、

僕らが一般的に”道徳”=モラルと習うようなことが、説かれていたりするんだ。

 

「正直」「誠実」

「親切」「思いやり」

「家族愛」「友情」「信頼」

「規則の尊重」

いわく「聖人君子」でありなさい、と・・・・

 

つまり、僕らが親や学校から教わったり、世間の同調圧力として感じる、

道徳観念や価値観の根底にあるのは、この儒教の教えなんだね。

 

まさにデジタル”孔子”

 

常識を破壊するハードロックな老子流”道徳”

2019年令和に生きる今の僕らでさえ、

形式的な親孝行や、

本当は面倒くさくて帰省なんてしたくないのに、

「お盆だから」「お正月だから」と

ラッシュのさなかに人込みに揉まれて帰省する・・・

そんな形式的な「儒教精神」に疑問を抱き始めている人は多いのではないだろうか?

 

そんな真心の伴わない形骸化した「礼」に、

「そんなもんには何の意味もないッッ!!」

と、当時から痛烈に批判していたのが、

かの老子というわけ。

 

まさに「ワンピース」でいう

絶大な権力を持つ「正義」の海軍に真っ向から逆らう

世間の常識に収まらない「海賊」的な生き様こそ、

あの老子の教えなんだ。

 

かっけーでしょ?

 

そう。老子の教えは古臭くなんてない。

むしろ、あの少年少女たちの憧れ、

漫画の主人公のような爽快で痛快な生き様、

それが、あの老子の教えなんだ。

老子は言う。

 

誰かにはっきり諭されたわけでもない

「世間的にそういう流れだから」

「なんとなくそんな気がする」

そんな世間のもっともらしい価値観やモラル(道徳)

なんぞ、クソの役にも立たん!!

 

10年20年の時間幅でしか通用しない

その狭い常識(同調圧力)を疑え!!!

 

そんなくだらん常識から自分を解放し、

即座に自由になれ!!

 

・・・と。

 

なんてハードロックなんだ!

あなたの中の老子のイメージが

だんだん変わってきたんじゃないだろうか?

 

さあ

そんなハードロックな老子の教えを

我々に身近ないくつかの至言を以って

紹介しよう。

 

老子の名言 SONKYO-ZINE式現代語訳

老子道徳経の中には、

僕らが知ってる身近な言葉の

元ネタとなっているものも多い。

 

そんな老子の洗練された名言の数々を、

ここでは、SONKYO−ZINE式に解説していこう。

 

知足

「足るを知る」

っていう言葉は有名だが、

実はこれも老子の言葉。

 

この言葉もつい間違って使われやすいので、

注意しよう。

 

「足るを知る」

「現状に満足する」

の意味合いではない。

下腹重心視点で言えば、

「下腹の要求を知る」

ということ。

 

僕らは日常で

頭にカロリーが行き過ぎている時(頭重心)、

「足りない足りない・・・」

「お金が足りない・・・」

「愛が足りない・・・」

「幸せが足りない・・・」

自分が設定した成功目標を達成しても、

「もっと・・・もっと・・・!!」

より大きな目標が無限に出てきて終わることはない。

そんな決して満たされることない

「足りない病」

 

が初期設定となっている。

 

実は、この「足りない病」

これは現在、地球上で一番多くの人が感染している病だ。

 

ほとんどの体の病気も

実は元を辿れば、

この「足りない病」が原因なんだ。

 

これによって、僕らは苦しみ、悩み、

時には、死に至るまで病気をこじらせた人もたくさんいる。

 

そんな「足りない病」パンデミックの現代に、

2500年を経て、老子から届いているメッセージ

それは、

 

「足るを知れ」

(下腹の要求を知れ)

 

う~んタオってるぅ~!!

 

上善如水

日本酒の名前にもなっているこの言葉。

「上善は水の如し」

最上の善とは水のようなものである、

と老子は言う。

水は、万物に恵みを与え、

万物と分離せず、

最上のものを自然と低い位置に集める。

 

これが「タオ」だ、と。

水は分離しない。

 

川が上流から下流に流れ、

大海に注ぎ、

水蒸気となって上昇し、

空に浮かぶ雲となる。

やがて、雨となり地上に降り注ぎ、

大地と地に生きる命を潤す

そんな大いなる循環を生み出しているのが、水だ。

 

そして、これは人体のおいても同じで

血液やリンパ液は、

滞りなく足まで流れ、

元気を満たしながら、

また上昇していくのと同じように、

 

体の重心(力み)は、

頭や肩で強張り滞ることなく

上から下に、滑らかに落ち、

下腹や足がしっかりと満たされ、

上半身は、水蒸気でできた雲のように、

自由に、変幻自在に動く、

上善如水の人体が

 

知足=自分自身を知ることとは、

形ある自分の人体を知ること。

 

つい自分を知ることって、頭で思っても、

二項対立で捉えてしまっていることがほとんどだ。

その状態でいくら

”ありの〜ままの〜♪”

と歌おうが、それは本当の”ありのまま”ではない。

 

この

”ありのまま”でいいんだよ

そのままそのまま!

世界で一つだけの君だから!

そう、それでいい!

 

って、なかなかタチが悪い。

だって、それを理由に

あらゆることを正当化して、

”ありのまま”ていう言い訳で固めることができてしまうから笑

 

老子先生に、叱られる絵が見えるだろう・・・笑

 

老子流の”Let it go”(ありのまま)は、

人体の自然、人体の上善如水が基準だ。

 

あらゆることは、

その人体から始まる。

 

人体、

対人関係、

政治、経済のあり方、

歴史・文明の作られ方まで、

 

あらゆることにおいて、

最上の善は、水の如し!!

 

柔軟かつ変幻自在

障害はすりぬけ

あらゆるものに浸透し、混ざり

滴るシズクは岩をも砕く!

 

そんな上善如水(下腹重心)に

生きよ!

 

う~んタオってるぅ~!!

 

無為自然

 

老子の代名詞のような四字熟語。

老子と言えば「無為自然」

「無為自然」と言えば老子である。

 

だが、一番カンチガイされやすい言葉も

実は、この「無為自然」だ。

 

あなたは「無為自然」と言う言葉を聞いて、

何を思い浮かべるだろうか??

 

「無為自然」とは

自然体で余計なことをしない、

ということだが、

 

それは、決して何もしないことではないし、

消極的に何も欲さないことでもない。

ミニマリストや無欲な”さとり系男子”の生き様を、

「無為自然」と言っているのはまちがいだ。

 

かといって、逆に積極的に

めちゃくちゃ金儲けに走ったり、

狂ったように女遊びを繰り返したり、

世間的な”成功”や”自己実現”を欲望して、

目指す姿を「無為自然」とは思えないのは確かだ。

 

では、どのような姿が「無為自然」か?

それは自然の姿を見ればよくわかる。

 

自然と言うものは

時には、深い森林のように静かで、

時には、強い風のように素早く、

時には、火山の噴火や雷鳴のように激しく、

時には、大地や山のようにどっしりと構えて

時には、空のようにすかっと澄み渡ってどこまでも広い。

そして、全ては循環し、

小さいものと、大きいものが分け隔てなく、

その循環の中で恩恵を受け、

喰い喰われる役割を全うし、

まさに適者生存である。

 

ミニマリストやさとり系男子が、

こんな複雑で厳しい自然で生き残れるだろうか・・・??笑

そんな姿を「無為自然」と言うなら、

自然の生態系はとっくに崩壊しているだろう。

 

じゃあ人間にとっての無為自然とは?

 

パーマカルチャーのように自然に還ろうとすること?

見るに耐えないほど痩せ細るまで断食すること?

恋愛や結婚を禁じて、マシンのように働き続けること?

 

老子の教えはそんな無味乾燥な教えではない。

 

老子の教え「タオ」=無為自然とは、

”人体”の自然な要求に従うことである。

 

そして、それを為すには、

人体のΦポイントである下腹の臍下丹田に重心を落とし、

頭の余分な雑念を払う必要がある。

 

頭の積み重ねではなく、積み(罪)減らしによって、

下腹の充足を満たすことこそ、

老子の教えとなる「無為自然」のあり方だ。

 

う〜〜んタオってるぅ〜!!!

 

では、あなたの肚からの要求は何だろうか?

この老子の教えのように、

肚からの要求にしたがって無為自然に生きられている人が、

このデジタルな頭重心社会でどれだけいるだろうか?

 

ぜひ、自問自答してほしい。

 

老子の宇宙=道(タオ)

老子の教えの中で、

(孔子も説いていますが)

最も中心の概念は、

 

道(タオ)

 

だろう。

 

これは日本の体系化された芸道

茶道、華道、書道、剣道など、

にも通ずるところでもある。

日本では、

 

「一芸万芸に通ず」

 

と言われたりしますが、

 

一つの道を極めると、あらゆる道に応用が効く、と。

 

これは、あらゆることは

道(タオ)

すべての根源ともいえる法則

に通ず、ということ。

 

現実の物事は、一見バラバラに見えるけど

共通するある法則によって支えられている

ということを”道”の達人は、

体得している、ということだろう。

 

真の”道徳”=タオとは…

 

二項対立(言葉)に囚われず、

子どものようなまっさらな目で

今を見ることができれば、

 

万物の根源である

固定なき広がり、曲がり、回転…

 

すがたの無い姿

かたちの無い形

ありとてあるもの

 

その呼吸(タオ)が

感じられるだろう…

目で見たり、

耳で聞いたり、

手で触れたりすることのできる

物質の裏側に隠された原因

当たり前の常識の”裏”にある原因

 

その量子の動きの”科学”は、

頭の理解ではなく

腹(ハラ)の共感によって、

感じられるのだ。

頭の余計な雑念がなければ(無為自然)

あらゆるものにつながる見えないへその緒

から送られる安堵(&)に

満たされていることに気づける、と。(知足)

 

万物に恵みを与えながら

万物と分離しない

自然と低いところに集まる(上善如水)

滴る水のように、

 

下腹重心(タオ)に生きよ

 

さすれば

万物の声は自ずから聴こえてくる…

 

by 海賊王 ゴール・D・ロジャー

 

てな感じ。

 

まあ「言葉では説明できない」

と口が酸っぱくなるほど海賊王はおっしゃっているから、

 

ここまで老子の教えを理解できたなら、

あとはおなかで感じてみよう。

君のおなかはなんて言っている?

 

ハラを割って話す

ハラを探る

ハラを決める

ハラ黒い

・・・

 

日本人に受け継がれている、

肚(ハラ)の文化

言葉ではなく、「型」「振る舞い」「所作」

で受け継がれてきた「道」の文化

その”姿勢の科学”・・・

 

実は、この日本人の根底にある感性こそ、

海賊王 老子の言う「道(タオ)」

に重なるものだったのでは…??

 

デジタル老子「量子コンピュータ」

さあさあ

いくら道(タオ)を、言葉で理解しようとしても、

 

「タオってるぅ〜〜!!」

 

と肚の感動を得ることは、

すぐにはできないだろう。

 

なぜなら、

僕らは日常、頭の二項対立

「2分割情報処理」に囚われている

頭重心の状態だから。

 

この二項対立は、

実はコンピュータの仕組みと、

重なることをここで説明しておこう。

 

僕らの生活に欠かせなくなった

コンピュータ(デジタル)の仕組みは、

0 と 1

の2つの信号によって成り立っている。

 

0 or 1

 

この二項対立の条件分岐(もし〜だったら〇〇)で、

情報処理してるんだ。

 

映画「マトリックス」で出てくる

0と1の画面がまさにだね。

これは、

先ほど書いた通り、

 

A  or B

 

の二項対立に囚われがちな

僕らの頭の言語処理機能と全く同じだ。

 

この条件分岐(もし〜だったら○○)

(例)”美人”だったら”幸せ”だ

“お金持ち”だったら”自由”だ

の条件を、

膨大な量、処理しているのが、

 

コンピュータであり、

頭の前頭葉

っていうことなんだ。

この処理機能は、

情報(選択肢)が多くなればなるほど、

当然、処理する回数も多くなってくる。

 

情報処理が多いと、スマホの動きも頭の動きもも重くなってくるよね

 

情報技術が発展したことによって、

処理の速度が半端じゃなく早くなってきたわけだけど、

 

だからこそ、

情報が多くなった現代では、

僕らは、代わりに情報処理してくれる

便利なデジタル機器なしには生活できない。

 

じゃあもっとデジタル機器の性能が

アップデートすれば、

完全に、あらゆる条件の処理はロボット(コンピュータ)にお任せできる未来も

当然、予測できるよね??

 

それが、AI(人工知能)の発展した未来ってわけだね!

 

しかも、

近未来には、その0と1で示されるあらゆる条件

その膨大な選択肢を、

“同時”に、処理することのできるコンピュータがあるとしたら…??

 

それが、

現在、世界中で開発されている

 

“量子コンピュータ”だ!

 

今までのコンピュータが何万回も処理して、

ようやく出せる結果を、一瞬で計算できる…!

 

これが僕らの暮らしに活用できれば、

う〜ん…なんて便利なんだろう…!

 

 

って思った人は…

 

老子先生に一喝されちゃいますよ…??

はい。笑

 

ここまで読んでくれた人であれば、

うすうす勘づいていると思いますが、

実はその量子コンピュータ…

 

もともとハラ(下腹)にあったんじゃね???

 

量子コンピュータを人体の外側に作り出すのはいいけど、

それと同期する人体の方の量子コンピュータを発展させないと、意味なくね??

 

っていうのが、

デジタル老子の教えだ!

 

太陽のもとに新しきことなし!

 

もっとデジタルが発展し、

本当のデジタル老子が

ホログラムで目の前に現れれば、

マスターヨーダがアナキンを導くように、

デジタル老子が蹲踞人の卵を導く…

 

こんな景色が近未来には

当たり前になるかもしれない…

 

「デジタルに囲まれ、

頭の二項対立にガッチリヘッドロックされた、

僕らの日常で、“無為自然”なんてムリムリムリ!!

タオなんて感じられないっす!!老子さ〜ん!」

 

「いやいや、そうじゃない…

重心を下腹に落とすんだ…!

さすれば、下腹の量子コンピュータ(丹田)が、

自ずから道を指し示してくれる…」

by デジタル老子

 

2500年前から言われていたことを、

デジタルが発展し、大人が学び直す時代に、

ようやく受け取れる。

 

さあ…

この大いなる道(タオ)に乗じて、

いまこそ!

 

いざ、デジタル老子!!!

 

今こそウェアラブル「近未来下腹老子思想」

 

予言しよう。

 

10年後、

僕らの暮らしを便利にするデジタルな技術が今よりもっと発展し、

”人間存在とは?”の問いに人々が臨場感を持たざるをえなくなったその時

人々は気づく・・・

 

実は、2500年前にすでに語られていた

あの老子に、その答えがあったことに・・・

 

これぞ、”デジタル老子革命”

 

最先端のさらに先を行く、

最古の教えっていうのは、

やっぱり僕らをワクワクさせるよね!

 

あれ?最先端の現代科学で分かってきたことって、

すでに大昔にあの人が語ってたことと同じじゃーーーん!

ヤバイ!尊敬っ!

 

ってね。

いつの時代も温故知新!

大人の学び直しは欠かせない。

 

僕らはまだ、「道」を知らない。

 

でも、

 

老子の超ハイセンスで

ハイコンテクストな教えに触れることで、

何かしら、今までの常識が覆えされ、

何かサラッと爽やかな風が、

体に吹き始めたら・・・

 

それが、あらゆるものの根底に流れる

「タオ」の一端だ。

 

さあ、常識を疑おう!

人体に目を向けよう!

 

ウェアラブル端末ではなく、

下腹重心をウェアラブルしよう!

 

そして目の前で起きることに

ハラの感動を感じたら、

子どものような感性で、

こう言おう!

 

「タオってるぅ〜〜〜!!!」

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