美しい日本語を味わう!百人一首解説で大人の学び直し!

皆さんは「百人一首」と聞いて何を連想しますか?

お正月のかるた取り、古典の教科書、お歳暮で頂いたお煎餅…?

そんな百人一首の歴史について一緒に勉強したいので、お時間を少々いただけませんか?

百人一首の歴史

 

これは雅な平安時代から、動乱が巻き起こる鎌倉時代を迎える頃のお話。

現在の京都市右京区に位置する、とある山荘でのできごと。

時の歌人たちは「うたあわせ」という、歌の優劣を競う遊びをしていました。

その中に「美の鬼」「言葉の魔術師」「歌聖」といった二つ名を持つ一人の男がおりました。

貴族だった彼は、武士である宇都宮頼綱(うつのみや よりつな)からこう頼まれました。

「ここ小倉山荘の襖(ふすま)を装飾するための和歌を、きみに選んでほしい」と。

うたあわせ会場のオーナーだった武士と居合わせた貴族との間で交わされた頼みごとと頼まれごと。

これが日本最古の百人一首にまつわる物語のプロローグ。

百人一首を作った人

そんなエピソードから生まれた百人一首は「選歌集」と呼ばれる作品集。

アンソロジーなんて呼び方をすれば、小説や漫画でもたまに見かけますよね。

その数ある作品たちを1つの作品集として束ね上げた選者の名は、藤原定家(ふじわらのていか)といいました。

【参照:Wikipedia】

名前:藤原定家(ふじわらのていか/さだいえ)
肩書き:公家(くげ) 1162年生まれ(享年79歳)

天皇にお仕えする立場で、歌道や書道で数々の功績を残しました。

天皇に命ぜられた6人の歌人が選んだ「新古今和歌集」の選者の1人でもあり、

かの有名な紫式部の著書「源氏物語」の校訂も行ったそうです。

日記の「明月記」には、熊野三山(現在の和歌山県)を訪れた時の道中録のほかに、

3日間京都に出現したオーロラ「赤気(せっき)」のことも書き記されています。

仁和寺(にんなじ)の国宝とされる書物にも書き残されているようですから、赤いオーロラは眉唾な話でもなさそうです。

ちなみにこれが、大体同じ頃に観測された日本のオーロラを描いたとされる絵の一枚です。

【引用文献:オーロラの日本史 古典籍古文書にみる記録,岩橋清美 片岡竜峰,株式会社平凡社,2019】

宇宙法則の探求にも情熱を注いでいたという定家の瞳に、その頃の空はどんな風に映っていたんでしょうね。

【参照文献:オーロラの本,田中達也,2004,株式会社学習研究社】

百人一首は江戸の常識

当時大衆の教育の場だった寺子屋でも百人一首は広く用いられ「手習い」(書道)の教材として活躍しました。

読み書きをたしなむのに馴染みの深いツールだったということですね。

書道、華道、茶道。

「道」と名の付くこれらハイカルチャーと呼ばれる文化は少し敷居が高いように思えますが、

江戸の女性達にとって、これらのお稽古ごとは当たり前のことだったそうです。

「稽」という字が”古いものと比べてかんがえる”という意味を持つように、古来のお作法から学べることはたくさんありそうです。

そうそう、百人一首を題材とした漫画”ちはやふる”の映画はご覧になりましたか?

着物姿の女性たちが画面に花を添えていたのがとても印象的でした。

東京の下町に行くと着物をお求めになる外国人観光客の方がたくさんいらっしゃいます。

和の文化を身にまとう姿は、海外の人にとっても魅力的なのでしょうね。

江戸の娯楽百人一首

再び時を遡り、室町時代の終わり頃のお話。

鉄砲やキリスト教の伝来と共に「カード」(現代のトランプ)が日本に伝来してきた時のことです。

百人一首は「百人一首かるた」として、江戸の中流階級層にも身近な存在になったそう。

「かるた」の語源は「カード」にあると言われますが、「歌留多」や「骨牌」というあて字もあるそうです。

かるたのルーツについては、日本古来からある「貝合わせ」という遊戯が原型で、その後欧州から伝来したカード(トランプ)と融合したという説があります。

【参照:Wikipedia】

この貝合わせをして遊ぶ女性たちが長話に花を咲かせていたかどうかはわかりませんが、

江戸明治の城下町では、井戸に水をくみに来た庶民たちが井戸端会議をする姿がよく見受けられたそうです。

目的を持って集まり、生活の中のあれこれを相談しあえるのって豊かなひとときですよね。

恋40首、四季30首、風流と雅さを楽しむ(美の鬼から知識の前にまず感性を学ぶ)

ではいよいよ本題、百人一首の内容に迫っていきます。

選ばれた歌の内容で一番多かったのは「恋」そして次が「四季」です。

百人一首はその分類法によっては、「恋」ではなく「風」と「月」の歌が多いという見方をする人もいるそう。

とある言葉遊戯の研究家は、百人一首の中の「月」の繋がりについて、こう語っていました。

一首ずつ切りはなしてみたときには気がつかないが、このように配列してみると、月の出から夜明けにかけて刻々と変わる月の姿が、フィルムの一コマ一コマのようにとらえられ、十枚の月の写真を重ねて指先ではじかせると、スティル写真がアニメーション(動画)となって動き出すように、月は昇り、雲に隠れ、また雲から出、夜明けを迎えるまで動き変化していく。

【引用文献:絢爛たる暗号 百人一首の謎を解く,1978,織田正吉,集英社】

それひとつでは輝けない月も、重ね合わせれば「満ち欠け」という変化を表現することができるんですね。

人気百人一首三選

では、「五七五七七」の「三十一文字(みそひともじ)」の百人一首の中から、三つの歌を紹介しましょう。

17番歌 在原業平朝臣(ありわらのなりひら)

 ちはやぶる 神代にも聞かず竜田川 からくれなゐに 水くくるとは
 (ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みずくくるとは)

 現代語訳:神様のいた時代には不思議なことが多かったけど、散った紅葉が竜田川の水の色を紅く染めるなんて聞いたことがない。

【参照文献:百人百景,津田洋甫,1997,株式会社グラフィック社】

有名な句ですが、実はこれ、屏風の絵を見て詠んだ歌だったというから驚き。

上の句のはじめの一語「ちはやふる」は、古典の技法の一つで「枕詞(まくらことば)」と呼ばれるもの。

枕詞は、五文字の音で表され、大事な言葉(この歌だと”神”)の前に置く、「飾り」とも言い換えられます。

「ちはやふる」の「ち」という言葉には「血」とか「乳」とか「霊」という意味が含まれているんだとか。

たった一文字の平仮名に、いろんな意味が込められているんですね。

 

56番歌 和泉式部(いずみしきぶ)

 あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今一たびの 逢ふこともがな
 (あらざらん このよのほかの おもいでに いまひとたびの あうこともがな)

 現代語訳:わたしはもうすぐ死んでしまうでしょう。せめてこの世の思い出にもう一度あなたにお会いしたいものです。

『あらざらむ』は「ある」、つまり「存在」を打ち消す「死」を意味する言葉。
現代の日本だと、日常で生や死に肉迫する機会はなかなかありませんから、臨場感が薄い言葉かもしれません。

56番の現代語訳は悲観的にも見えますが、誰かに「会える」こと自体が、さぞありがたい時代だったのだろうということが感じられます。

それにしても、私たちが耳で聞く話し言葉よりも、目で見る書き言葉の方に説得されがちなのは、一体どうしてなんでしょうね。

あらゆる消費広告がとめどなく視覚に飛び込む今の時代、私たちは、自分が外に出かけた理由すらも忘れるくらい、情報に左右されてしまっています。

でも、産まれて最初に求められるお仕事は、ほとんど誰しも「泣き声」だったはず。

だから「声」や「音」って、ホントはすごく影響力のあるものなんじゃないかなと思います。

 

100番歌 84代目天皇 順徳院(じゅんとくいん)

 百敷や 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり
 (ももしきや ふるきのきばの しのぶにも なおあまりある むかしなりけり)

現代語訳:石をたくさん敷いてある城(皇居)の古い屋根の端に忍草が茂っている。良かった昔の時代のことが思い出される。


この歌が詠まれた平安朝の終盤は、天皇を頂点とする貴族政治の黄金期が終焉に向かう頃。

武家政権を奪還すべく挑んだ承久の乱で父と共に敗れた順徳院は島流しにあうこととなりました。

順徳院は父である後鳥羽院と関係の深かった藤原定家から和歌の稽古を受けていたそうです。

政治的背景が色々と見え隠れする悲しい時代だったとはいえ、和歌においては師弟関係だった二人。

定家がこの歌を百人一首の最後に撰んだのは、次世代への想いを弟子に見ていたからだったのかもしれません。

人々の関係性の中にも天皇制度というルールにまつわるしがらみがあった時代でしょう。
そんな憂いを含む100番歌には遣る瀬なさを感じずにはいられませんが、

『盛者必衰のことわりをあらわす』
(現代語訳:勢いの盛んなものも必ず衰えるときがある)

という武家の軍記「平家物語」の冒頭部分を想起させます。

100番歌は、『物語は続いているんだよ』ってことを教えてくれているんじゃないでしょうか。

風流と五感の解像度を高める学びの最高峰、叡智オンライン

百人一首も含め過去の歴史を垣間見ると、日常のちょっとした気づきを教えてもらえます。

それは、超情報社会の現代だから
忙しくて気にも留めなくなってしまうようなこと。

例えば店に入った瞬間の
『こんなBGMかかってるんだな』とか。

はたまた外に出た瞬間の
『今日、思ってたより暖かいな』とか。

そんな、ごくありふれた気づきかもしれないけれど、

もしその時間帯、その場所でその行動をとっていなければ、

店内放送はただの新商品広告だったかもしれないし、
春物のコートに着替えに帰ることもなかったかもしれない。

そういう一つ一つが一期一会で、自分一人では作れないから

そこにはたくさんの物語が交錯しているような気がするんですよね。

さっきのBGMでいえば、

BGMを作った人の物語、それをかけたいと思った人の物語、そしてそこに居合わせた私の物語、といったように。

そう考えると、音楽だって今聞いた曲を当たり前にまたいつでも聞けるなんて思っちゃだめなんだなって思います。

 

でも日々の暮らしの中ではそんなことすら見落としてしまうから、

ふとそれに気付かせてくれる学びがあるっていいなって。

まさに「五感の解像度を高める学び」です。

 

素直な気持ちの表現の仕方もわからないような日常の中で、

自分は一人じゃないんだってことをちょっぴり気付かせてくれる。

人に情けをかけてもらって生きていることや、

会ったこともなかったのに味方になってくれる人がいることを。

そこには思い出されるいつかの場面の誰かとのつながりがあったりして。

 

そういう一つ一つをすくい上げていけば、

何を大切にするために生まれてきたのか?生きる意味がみつかるかもしれません。

そういった大人の情緒の学び直しを続けていきたいものですね。

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