東のエデンと攻殻機動隊の共通点にびっくり!この国の”空気”の正体とは?【ネタバレ考察】

「空気」

をテーマにした異色のアニメ『東のエデン』をご存じだろうか?

 

2009年にTVシリーズが放映され、2010年には2本の劇場版も公開されたこのアニメのキャッチコピーは、

 

この国の”空気”に戦いを挑んだ
ひとりの男の子と、

彼を見守った女の子の
たった11日間の物語

 

だった。

 

当時の日本社会に漂っていた「閉塞した空気感」を見事に描き、多くの若者の共感を呼んだ!

その評判は海を越え、今でも世界中にファンが多い人気作品となっている。

 

けれど、その「結末」に対しては、「あやふやすぎる」として多くの疑問が残ったのも事実・・・

 

一体、アニメ「東のエデン」は
何を伝えたかったのか?

そこに描かれていた
”空気”の正体とはなんなのか?

 

そのナゾを解くカギが、実は・・・

 

同じ時系列上の世界観として設定されているアニメ

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(SAC)」の中にあった!!

 

 

「東のエデン」と「攻殻機動隊SAC」をつなげることで見えてくる、

ボクらの暮らす社会に漂う本当の敵、“空気”の正体

 

これから一緒に暴いていこうじゃないか!

 

ではっ

 

Noblesse Oblige
ノブレス・オブリージュ

キミがこの国の救世主たらんことを!

東のエデンあらすじ(ネタバレなので注意してね)

ではでは、「攻殻機動隊SAC」とのつながりを語る前に、まずは「東のエデン」のあらすじをザックリとご紹介しよう。

 

物語は、大学の卒業旅行でアメリカを訪れていたヒロイン・森美咲(もりみ さき)が、

ナゾの全裸男にピンチを救われるところからはじまる。

このフル○ンで両手に「拳銃」と「ケータイ電話」を持った男こそ、主人公・滝沢朗(たきざわ あきら)である!

 

この男、全裸にもかかわらず初対面の咲にめちゃくちゃフレンドリーに話しかけてくる。

 

変態なのか!?

 

と思うが、そうでもない。

単純にイイ奴なのだ。

 

 

こんなにフ○チンなのに、そんなに堂々とされてしまうと、逆に正体が気になってしまうものである。

だがこの男、なんと「記憶喪失」だという!

 

主人公、ヒロイン、視聴者含め、誰もコイツの正体が分からない。

 

こうしてアニメ「東のエデン」は、

 

いきなりフルチ○で現れた、謎のケータイと拳銃を持つ、めちゃくちゃフレンドリーだけど記憶喪失な青年

 

の、正体を探る「謎解き」形式でストーリーが展開されてゆくのだ!

 

 

で、ストーリーが進むにつれ・・・

 

この世界では今「セレソンゲーム」という謎のゲームが進行中で、

そのゲームには全部で12人のプレイヤーが存在しているということ。

 

そして、プレイヤーには1人につき

「100億円の電子マネー」と、

ほぼなんでも願い事を叶えてくれる「優秀なコンシェルジュ」が与えられ、

専用のケータイ電話「通称・ノブレス携帯」が一台ずつ与えられること。

 

滝沢も、この「セレソンゲーム」のプレイヤーの1人であることなどが明らかになってゆく!

 

 

この「セレソンゲーム」は、Mr.Outsideと名乗る人物により主催されており、

各プレイヤーは「この国を正しき方向へ導く」という任務を強制的に課せられ、

日本を救わなければならない。

 

しかも誰かが任務を達成し、ゲームをクリアした時点で

残りのプレイヤーは自動的に消滅=確実な死が訪れる。

 

 

・・・という、

 

かなりの無茶ぶりに滝沢朗は巻き込まれていることが明らかになったところで、

さらに衝撃の過去が明かされる!!

 

それぞれの日本の救い方

 

セレソンゲームには、滝沢の他に11人のプレイヤー(内1人はサポーターと呼ばれる)がいるんだけど、

それぞれの「日本の救い方」が、

 

まぁ~~~様々なバラエティに富んでいて、

物語を波乱万丈にしているんだな!

 

ある者は、大病院の院長として、

来たる高齢化社会へ向け、介護が必要なお年寄りが家族と一緒に移住できる「医療と暮らしが一体となった」スマートシティをつくったり・・・
(かなりまとも)

 

またある者は、警察官として、

世の中の悪事を正そうとするも、正義感が空回りし、だんだんと私欲におぼれていったり・・・
(まあ、共感できるよね)

 

またある者は、美人経営者としての顔を持ちながら、

性犯罪者の男をホテルに誘い込み、身体を拘束して、

ジョニー=おちん○んを切断して殺害する「通称・ジョニー狩り」をライフワークにしていたり・・・
((((・o・))))

 

 

そして極めつけは、この男!

物部 大樹(もののべ だいじゅ)

 

 

エリート官僚として真剣に日本の現状を憂いていた彼だったが、

やがて自分の保身しか頭にない政治家たちの醜態に絶望。

 

「この国が手遅れになる前に手を打つべきだ」

しかし

「日本を救うためには金も時間も足りない」

 

と考えていた彼は、セレソンゲームのプレイヤーに選ばれるやいなや、

かねてより計画していた「国家規模のダイエット」を決行するために、

 

他のプレイヤー・結城亮(ゆいき りょう)に接触し、

日本各地に10発のミサイルを発射するミサイルテロを協同で実行する!

 

日本を物部の理想とする「小さくて小回りのきく国」にするには

一旦、政府を骨抜きにする必要があるから

 

だ、そうだ!
((((・o・))))

 

 

そして、2009年11月22日。

日本の各地方都市に10発のミサイルが着弾した。

 

 

・・・が、

奇跡的に犠牲者はゼロ!

 

時の首相が「うかつだった」と発言したことから、

「迂闊な月曜日」と呼ばれることになるこの事件・・・

 

その裏側で、テロの計画に事前に気づき、

人々を避難させた男が、滝沢朗だったのだ!

 

滝沢は、いかにしてこのミサイルテロから人々を救ったのか?

 

 

 

2万人のニートと組んで日本を救え!

 

物部の接触を受け、ミサイルテロの計画を事前に知った滝沢は、

ネット掲示板に

 

「ミサイルが落ちてくるらしいんで、
日本を救わなきゃいけねえんだけど、

どうやったらミサイルから避難させられますかね?

みんなの知恵貸してくんない?」

 

と書き込む。

 

すると、この書き込みを発見した1人のニートが、

 

「自衛官を装って不発弾発見に伴う一時避難を地域住民に勧告すればいい」

 

と詳細を書き込んだのを皮切りに、

 

はじめはただのイタズラだと面白がっていた他のニート達も、

やがて自分なりの「日本人を騙すアイデア」を夢中で出し合うまでなった。

 

こうしてミサイルテロの当日11月22日に各都市でオフ会が開かれ、

終結した少数のニートたちの死にもの狂いの奔走の甲斐もあって

無事、住民全員を避難させることに成功したのだった!

 

 

めでたしめでたし・・・

 

 

とはいかないから、現実はおそろしい!!

 

 

無事、命は助かった住民たちだが、

当然その住居や持ち物はことごとく壊滅。

 

そのやり場のない怒りのほこ先は、

「なぜかミサイルテロ発生を事前に知っていた」ニート達へと向かってしまう!

 

もともと犯罪スレスレの計画だったこともあり、

警察がニート達を「ミサイル事件に関わったテロリスト」として捜査を開始するなど、

事態は収拾がつかなくなってゆく・・・。

 

 

そこで滝沢朗は、協力してくれた2万人のニート達を助けるために

 

「自分がミサイルテロの犯人だった」

 

とウソをつき、

彼らを国内のほとぼりが冷めるまでの間、青年海外協力隊として

「消費の楽園」ドバイへ、500個の海上コンテナで送り込み、

 

 

「日本がミサイル撃ち込まれても、
あいつら何もしてくんねえじゃん。

確かにミサイル攻撃はセレソンによるものだったけど、
それすら撃ち落とそうとはしなかったわけだろ?

結局は俺たちから金巻き上げるだけで、
いざとなったら何もしてくんねえんだよ」

 

と、同盟国アメリカへの抗議の意味を込めて、

ホワイトハウス前で全裸で逮捕される計画を思いつき、実行する。

 

その際に拷問対策として自らの「記憶」を消したのであった。
(自分が助けた人間と協力した人間の双方に裏切られたことに失望したからだ、とも語られるね)

 

 

つまり・・・

 

2万人のニートたちからは恨まれつつも、

滝沢の行動はその一つひとつが

自分を顧みない英雄的行為だったのだ!!!

 

 

そんな滝沢の前に、またしても物部たちのグループが現れ、

新たなミサイルテロを予告する!

 

今度は、前回のテロを大幅に上回る60発!

発射は、翌朝8時と、もう数時間の猶予しかない!!

 

 

が、大丈夫

 

この時、運よく例の2万人のニートたちが、

ちょうどドバイから帰国したばかりだったのだ!

 

 

滝沢はニートたちに、再びミサイルテロが実行されることを告げ、

 

死にたくなければアイデアを出せ!!!

 

と、自らニートたちのポテンシャルを最大限に引き出すための憎まれ役を演じてみせた。

 

そうして見事、日本中のミサイルが次々と迎撃され、テロが防がれてゆく中・・・

 

 

「あいつらは直列につないでやれば、
結構なポテンシャルを発揮するんだ」

 

「この国には頭のいい連中がいっぱいいるのに
損な役回りする奴がいないんだ。

できれば俺だってあんまりやりたくないけどさ」

 

とつぶやく。

滝沢朗はどこまでもイケメンだった・・・。

 

で、結局なにが言いたかったのか?

 

・・・と、ストーリーはもう少し続くんだけど、

長くなってきたから、本題に入ろう!

 

終始、明るく大胆で、

周囲への思いやりに溢れるリーダーとして描かれた、滝沢朗。

 

たしかに、物部が計画したミサイルテロから日本を救う英雄にはなったけど、

この物語のテーマは、この国の”空気”に戦いを挑むことだったはず。

 

そこんところ、一体どうなったんだっけ??

 

・・・そう言われてみると、

よく思い出せない人が多いんじゃないだろうか?

 

それもそのはず。

 

その肝心な”空気”の正体や、その戦いの行方に関しては、

視聴者へ丸投げされるカタチで、アニメ「東のエデン」は幕を閉じるからだ・・・!

 

 

それゆえに、モヤっとしまま煙に巻かれたような感覚を覚えた人も多いだろう。

 

ならば・・・

 

この「東のエデン」のモヤっとした”空気”

当サイトは戦いを挑もうじゃないか・・・!

 

そもそも2009年の日本の”空気”はヤバかった

 

まず、”空気”の正体に迫る前に・・・

 

東のエデンが公開された2009年当時の日本の空気感を振り返ってみると、

このアニメが何だったのか?がよく分かると思う。

 

あの頃の日本に漂っていた「閉塞感」は、結構ヤバかった。

 

 

バイト先の店長以上にコロコロ変わる首相。

 

長いデフレは一向に明けず、追い打ちをかけるかのように襲ったリーマンショック

 

法改正により増え続ける非正規雇用で、ワーキングプアなんて言葉が聞かれだすのもこの頃・・・

 

なにもかもがかみ合わず、なんの突破口も見つからない

そんな閉塞感が漂う状況では、

 

「この国は、一度壊れてみるしかないんじゃない?」

 

というクレイジーな意見にも、

 

「そうかもしれない・・・」

 

と共感すらできた。

 

そんな閉塞した日本だったからこそ、

 

「いやいや!
そうじゃないでしょ!!」

 

と、安易な絶望を突っぱねた滝沢朗というヒーロー像に共感が集まったのだとも言える。

 

しかも、若者を中心に世界的にヒットしたことを観れば、

その閉塞感とヒーロー像は、国という単位を超えて共有されていた空気感だったみたいだね。

 

まさに、時代の求めるストーリーだったわけだ!

 

 

ちなみに、

東のエデンは「社会派アニメ」のように紹介されることが多いけど、

ボクはむしろ「純粋なヒーローもの」なんじゃないかと思っている。

 

物語を描いた神山監督自身も、

若い女性の視聴者が多いノイタミナ枠(月9のドラマ枠を見る人が観られるようなアニメ、というコンセプトのもとスタートしたアニメ枠)にハマる作品にした

と語っているように、

 

社会派なテーマは、あくまで若い視聴者にフックするための設定でしかなくて、

 

100億円の電子マネーや、なんでも願い事を叶えてくれる人工知能ジュイスというアイテムも、

ただの一般人である主人公・滝沢朗に超人的なパワーを持たせるための「現代版の魔法」のようなもの。

 

そういう意味では、ジャンル的に「ウルトラマン」とか「アンパンマン」に近いんじゃないかな?

 

 

そう思うと、登場人物が多い割に、

終始「滝沢朗のイケメン1人劇場」で進行してしまうストーリーにも納得がいくよね。

 

 

だったら、真面目にその中の”空気”について考えることも無意味なような気もしてくるけど、

それとこれとは別問題!

 

むしろ東のエデンが与えてくれたテーマをきっかけに

ボクらの暮らす現実の”空気”の正体を探ろうとするところにこそ

この作品を観たものの義務=ノブレス・オブリージュがある!

 

実際、

リアルな”空気”の影響を受けてるのは、

アニメキャラではなく、現実のボクらなのだから。

 

牛丼ぶっかけられ事件

 

滝沢が、

この国の”空気”に戦いを挑む

ことを決意した場面がある。

 

ヒロイン森美咲が、内定者面談で、

 

内定先の社員からランチに誘われたにもかかわらず1時間も放置され、

挙げ句の果てにいきなり牛丼をスカートにぶっかけられ、

「空気読めよ〜」と陰口を叩かれるという、

 

いやがらせを受けたことを聞かされるシーンだ。

 

 

あまりに幼稚でサイテーな仕打ち。

 

咲は、遅刻した自分の非を認めつつ、それでも怒りと悔しさがおさまらずに泣いていた。

 

そんな咲の涙を見た滝沢は、

 

「ウチへおいでよ。
全部俺がしょいこんでやるから。

咲の話で俺が何すりゃいいか分かったし。

だから無理して働くことないよ。
俺に任せて。

それにこの国はどの道いったんは誰かがなんとかしなきゃならないほど可笑しなことになってんだからさ」

 

と、相変わらずウルトラ王子さマンなんだが、

この辺でだんだん”空気”の正体がつかめてきた。

 

 

ちなみに、

東のエデンの制作背景を、監督の神山健治史はこう語っている。

 

「今回、若い人たちに向けて、作品を作ろうと思いました。

というのも、若い人たちが、自分たちの思っていることをうまく反映できなくて行き詰っているように見えました。

僕にもそういう時期はありましたが、動機を喪失してやめちゃう人や、流されちゃう人が僕らの頃より多い気がしました。

最初ははっぱをかけようと思ったのですが、でもはっぱをかけても元気が出てこない。何かに失望してしまっているようでね。

だから、励ますのではなく、作品を通じてその原因を一緒に見つけてみようというのが物語をつくる上でのテーマにしたいと考えました」

 

こうして作られた東のエデンには、

「なぜか元気のない」若者たちを取り巻く当時の日本の”空気”感が描かれている。

 

その1つのファクターとして、牛丼ぶっかけられ事件のような「いじめ」も登場しているんだ。

 

分別を知らない子どもならまだしも、

大の大人がやるようなことじゃないよね。

 

だけど、現実のボクらだって、

牛丼こそかけられなくても、大小さまざまな「いじめ」を経験しているはずだ。

 

つい誰かに意地悪をしてしまった経験だって、きっと一つや二つあるだろう?

 

実は、「いじめ」が発生するメカニズムは、

すでに科学的に解明されていることをご存知だろうか?

 

いじめは「構造」の問題!?

 

いじめ発生のメカニズムはシンプルで、

 

たくさんの人間を、狭いところに閉じ込めると発生する

 

これがいじめの本質だ。

 

 

よく、いじめの加害者側の人間が

「なんであんなことをしたのか分からない」

なんて言うことがあるけど、

 

あれはその人の精神構造がおかしいのではなく、

人間にもともとそういった種類の知性がプログラミングされているからだと考えられるんだね。

 

なぜ日本全国の学校で

文化も方言だって街ごとにビミョーに違うのに、

同じような「いじめ」が起きてしまうのか?

 

ずっと疑問だったけど、

 

それは「狭い教室に長時間押し込められるスタイル」の構造が

全国どの学校でも共通しているがゆえに、

起きている現象だったんだ。

 

ボクらは、いじめを個人レベルの自由意志によるものだとついつい考えがちだけど、

実際には、その場の環境しだいで、その人と人の関係性はいかようにも変化してしまう。

 

そう、まさに“空気”のように、

目に見えない【同調圧力】として、

ボクらの身の回りに漂っていて、

 

誰もが知らず知らずのうちに

それを吸い込んで生きている。

 

 

ボクらは、

 

構造

そしてそこに集う人間の集団

そこで生まれる“空気”感から、

 

絶えず影響を受けずにはいられないんだ。

 

そして、

この個人を超えた集団に働くタイプの知性は、

 

東のエデンと同時系列上に存在するアニメ

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(SAC)」のメインテーマになっていたりもするんだ。

 

東のエデンと攻殻機動隊SACの共通点

「東のエデン」と「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(SAC)」は、どちらも神山健治監督による作品で、

2つは同時系列上という設定になっている。

 

2002年公開の「攻殻機動隊SAC」の舞台は2030年の日本。

東のエデンは、その20年前の2010年の日本を舞台にしており、

実際のストーリー中には、2つの世界観をつなぐ、いくつかの伏線が登場しているんだ。

 

たとえば、

 

東のエデン第1話で起きた「11発目のミサイルテロ」により墜落した旅客機では、

6歳の児童2人を除く、乗客全員が死亡しているのだが、

 

 

この「6歳の児童2人」の内の1人が、

攻殻機動隊の主人公である草薙素子なのだ。

 

 

他にも、攻殻機動隊でおなじみの「播磨脳科学研究所」も、

東のエデンの重要な要素として、セレソンゲームの黒幕である阿藤才蔵のATO財団の所有物として登場したり、

 

 

東のエデンで登場するコンシェルジュAIの「ジュイス」の声は、

攻殻機動隊で公安9課をアシストする先頭ロボ「タチコマ」と同じだったりと、

 

作品のファンを楽しませるサービスがたっぷり盛り込まれている。

 

 

そして・・・

 

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(SAC)のサブタイトル、かつメインテーマにもなっている

“スタンド・アローン・コンプレックス”という現象

 

こいつをひも解くことで、

東のエデンの”空気”の正体がよく見えてくるんだ!

 

スタンド・アローン・コンプレックス=個を超えた知性の存在

 

“スタンド・アローン・コンプレックス”とは・・・

 

攻殻機動隊SACの中で起きた「ある現象」を、主人公・草薙素子がそう呼んだことに由来する。

 

アニメ全24話を通じて、公安9課はある連続事件、

「通称・笑い男事件」の捜査を続けてゆくんだけど、

最終話で、実はこの事件はオリジナルの犯人を離れて、

複数の模倣犯が続出したことにより発生していたという事件の全貌が明らかになるんだ。

 

 

「義体化」と「電脳技術」という新たな情報ネットワークにより、

独立した個人(スタンドアローン)でありながらも、

全体として集団的な行動(コンプレックス)をとってしまい、

 

結果的に、集団的でひとつの知性を形成し、

それに基づく行動を見せるという社会現象。

 

それが“スタンド・アローン・コンプレックス”だ。

 

この”スタンド・アローン・コンプレックス”化が進むことによって

最終的に社会から個性が消失するのではないか?

 

と、物語中では危惧されていて、

 

『オリジナルなきコピーの群れ』

 

とも表現されている。

 

 

電脳化された人間たちは、

情報空間を通じて、

徐々に個体を超えた、コピーの群れとして、

そのオリジナルの知性を乗っ取られてゆき、

 

やがてそれは「高度な全体主義」に化けて、

人間社会を覆い尽くしてしまうのではないか?

 

というアンチテーゼ。

 

そして、この”スタンド・アローン・コンプレックス”化は、

「いじめ」発生のメカニズムでもすでに伝えたように、

義体化や電脳化などせずとも、

ボクらの身にもう起きていることなのではないだろうか?

 

目に見えない“空気”のような現象として。

 

 

自然界に太古から働く”群知能”

 

こうした”空気”や”スタンド・アローン・コンプレックス”といった、

個体を超えて集団に働くタイプの知性が起こす現象は、

 

なにも人間社会に限らず、

自然界ではそこら中で起きていたりもする。

 

それらは“群知能”と呼ばれる現象だ。

 

たとえば、イワシの群れ

 

 

一匹の個体は小さくて弱いけど、

数千匹が群れとなり、

一糸乱れぬ動きをすることで、

まるでひとつの大きな生命体のようにふるまう姿は、

 

まさに”スタンド・アローン・コンプレックス”現象と呼べるだろう。

 

この群れのどこにも、全体を統括するリーダーのようなイワシはいないが、

それでも各個体は、全体の意識に従ってピタリと息の合った動きをするのだ。

 

 

アリが蟻塚を造るメカニズムも、

まさに”群知能”のなせる技だと言えるだろう。

 

 

一匹のアリは、単純なパターンを繰り返すだけの知性しか持たないが、

集団になることで、なぜか巨大な蟻塚が造られてしまう。

 

どこかに「設計図」を持ったアリがいたのだろうか?

 

そうではない。

自然界には、たしかに個体を超えて集団に働くタイプの知性というものが存在しているのだ。

 

集合的無意識現象=オリジナルなきコピーの群れ

 

つまり、

東のエデンの”空気”と、

攻殻機動隊SACの“スタンド・アローン・コンプレックス”は、

本質的に同じ問題を扱っているわけで、

 

それは自然界では“群知能”としてよく知られている現象でもある。

 

こうした、個を超えて全体に働くタイプの知性が

人間にも宿っていることを研究していた科学者に、

20世紀の心理学者、カール・グスタフ・ユングがいる。

 

 

彼は、人間には日常で意識に登る「顕在意識」よりもはるかに広大な

「潜在意識」の領域が、

まるで海に沈む巨大な氷山のように、

人びとの精神構造にも存在していることを発見していた。

 

 

そして、人間がしばしば

個人の経験を超え、

この「潜在意識」を介して、

集団的な記憶情報をやりとりし、この意識や行動を変えてしまうことを、

 

「集合的無意識現象」と呼んでいた。

 

たとえば、

 

とあるサッカースタジアムで、

はじめは2人くらいの小さな小競り合いにすぎなかったのに、

 

いつのまにかスタジアム全体を巻き込んだ大乱闘になっちゃった、

 

 

なんて現象は、

まさに「集合的無意識現象」だというわけだ。

 

当事者たちにも「なぜそうしてしまったのか?」が分からず、

 

誰もが口をそろえて、

「その場の空気のせい」

だと言うアレのこと。

 

「集合的無意識現象」のくわしい説明はここでは省くけど、

 

要は、

ボクらが「自分自身」だと思っているものって、

実は相当、不確かなものかもしれない

ってことなんだ。

 

ボクらが、自分自身の意志よって選択しているという意識すら、

実は単なる思い込みに過ぎないのかもしれない。

 

誰もがその場の”空気”の影響を受けながら生きている。

 

それは無意識に行われてしまうのでほとんど気づかれないが、

いつのまにかオリジナルなきコピーの群れ、

“スタンド・アローン・コンプレックス”として生きてしまっているのかもしれないよね。

 

そして、そんな”空気”感が、

次々にアリ塚のように複雑にカタチづくられたコンクリート都市構造の中で、

どんどん悪質なものになっている時代に、

ボクらが暮らしているのだとしたら・・・?

 

その中で若者たちが、

だんだんと「なぜか元気のない」状態になっている理由も、

見えてくるのではないだろうか?

 

そう、キミは、

 

自分自身が「オリジナルなきコピーの群れ」ではない、と

胸を張って言い切れるだろうか?

 

そもそも、「自分」という個人の存在自体が、

集団の中で「潜在意識」を共有していると考えた時に、

かなりあいまいなものに揺らいでいってしまうだろう。

 

その上、

この時代は、ボクらの”スタンド・アローン・コンプレックス”が加速してゆく、

「もうひとつの現象」が進行している時代でもある。

 

それが、「人体の劣化現象」だ。

 

キミはこの時代をどう生き残る?

 

滝沢朗が戦いを挑んだ”空気”の正体、

“スタンド・アローン・コンプレックス”のカラクリを読み解くのに、

必要なもう1つのファクター、

 

それがこのカラダなんだ。

 

 

 

「人体=このカラダ」に目を向けることで、

 

攻殻機動隊なハイパー都市セントリックな世界観が現実のモノになろうとしている、

ボクらの暮らす世界線の、

 

リアルな『現在地』が見えてくる。

 

 

東のエデン公開後に起きた、

3.11 東日本大震災と原発事故により、

 

「日本は1度壊れた方がいい」なんてことは

もはや誰も言わなくなった。

 

実際に壊れてはじめて分かった、

「普通」であることの、有り難さ。

 

そして2020年のコロナ禍では、

もはや「普通」の定義すら変わってしまいつつある。

 

 

相変わらずボクらを取り巻く”空気”には悩まされることも多いけど、

 

ドンドン複雑に変化してゆく状況の中で、

ボクらは多層的な「自己」を算出する能力を、

前時代の大人たちとは別格に獲得して行かなくてはならない、

 

そんな時代の要請も感じている。

 

 

ノブレス携帯もジュイスもいないこの現実で、

ボクらはこの”空気”と

どう戦っていけば良いのか??

 

このリアルに立ち向かい、これからの時代を生き延びるために、

本当に役に立つ知恵や実践的なノウハウはどこにあるのか??

 

後編へつづく!!

 

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