読めば女性性開花!モテる秘訣は日本神話にあり!

“日本美人”や“大和撫子”と耳にすることはありますが、改めて日本女性の美とはなんだろう?と調べていると、昔の写真でもとっても素敵で美しい」と感じる写真が数々と並んでいたりします。

容姿ももちろんですが、それだけとは言えない凛とした空気感がありますね。

きっと、女性に生まれたら一度は「こんな女性になりたいなぁ〜!」と自分以外の女性に対して、憧れを抱いたことがあるのではないでしょうか?

 

憧れの女性

 

その女性を思い返すと、それはどのような女性でしたか?少し立ち止まって考えてみると“女性像”というのは、その時々の時代や国によって異なっているような気もしますね。

そこで、今回は『日本神話』まで遡り、歴史を辿りながら現代女性が歴史から学びたい『日本の女性らしさ』や『本当の女性性ってなんだろう』ということを深めていきたいと思います。

日本神話のあらすじ

日本神話とはその名の通り、日本に古くから伝わる神話で、呼ばれる伝承はほとんどが『古事記』、『日本書紀』、『風土記』に書かれたものです。

そのため、高天原(たかまがはら)の神々が中心のストーリーとなっています。

古事記の世界観はこのような感じ!

日本神話もなが〜いストーリーなので、今回は最初のあらすじだけ簡単に紹介します

はじめに現れたのは『天之御中主神』(あめのみなかぬしのかみ)。

天地開闢(てんちかいびゃく)の際に、別天津神(ことあまつかみ)と造化三神(ぞうかさんしん)の初めの1柱として宇宙に生まれたとされ、“天の真中”を領する神の意味をしているそう。

そこから、高天原に神世七代の神々が誕生し、その最後に生まれてきたのがイザナギ・イザナミの二神で、この二神から日本が創られていくというストーリーになっています。


日本を創ることになったイザナギ・イザナミの二神は天沼矛(あめのぬぼこ)で地上の渾沌を

“こをろ、こをろ”

と掻き回し、大八島(日本の島々)を生み出していきます。

イザナギ・イザナミの二神は自らが造ったのは『オノゴロ島』、二人はその島に降り、結婚して最初の子・ヒルコが生まれます。ところが、何かその方法に間違いがあったことから三年経っても腰が立つことがなかったそうです。

泣く泣く、そのヒルコを海に流した後、そのまた次の子・アワシマも失敗…。2人は高天原にもどり、別天津神(ことあまつかみ)に教えを乞い、改めて正しく交わり、淡道之穂之狭別島(あはぢのほのさわけのしま)を生み出し、ようやく成功します。

そして、そこからどんどん国を産み、さまざまな神々を生み出す「神生み/神産み」をしていきます。

しかし、イザナミは火神・カグツチを産み出す際に大火傷をして、この世を去ってしまうことになってしまいます。そして、残されたイザナギは亡きイザナミにどうしても会いたい気持ちを抑えられず、黄泉国へ追いかけていくことになるのですが、彼女が黄泉の住者になってしまったことを思い知って逃げ帰る羽目になり、二人は永遠に離別することになってしまいました。

その後、イザナギは黄泉国で被った穢れを祓うために禊を行い、この時にさまざまな神々が生み出されていきます。

その最後に「三貴子(みはしらのうずのみこ)」と呼ばれる3柱、すなわち、アマテラス(天照)・ツクヨミ(月読)・スサノオ(須佐之男)を生んだとされ、日本神話はそこから続く、推古天皇までのお話です。

古事記と日本書紀の違い

「古事記」は西暦712年に編集された日本最初の歴史書と言われる書物。「古事記」の特徴として上げられるのは、天皇家が神の子孫であることを示し、国家の統一の根拠とする必要があったからだと言われています。

一方、『日本書紀』(にほんしょき)は、奈良時代に成立した日本の歴史書で、神代から持統天皇の時代までを扱われています。日本書記は漢文で描かれていますが、それは中国との外交用であったと考えられていて、古事記のほうが物語調で人間らしいエピソードが描かれています。

日本神話と縄文時代

古事記や日本書記に描かれていることを遡っていくと、この神話の世界観は縄文時代からあったことが、遺跡や土偶の研究からわかってきています。

また、下のグラフを見てみると縄文時代というのは氷河期が終わってからの日本の歴史をほとんどを占め、さらにこの時代の人骨を調べていくと、傷を受けていたものはごくわずかで、暴力による死亡率は約1.8%と、その数は同時代の他国に比べると極めて低く、平和な文明が約一万年、続いていたと言われています。

 

この事実の判明は、

「争いというものが人間本能に根ざしたものと簡単に言うことはできない」

とこれまで、国際的な主張としてあった「戦争は人間の本能である」という考え方の再考のきっかけになりました。

現代では争いだったり、暴力などのニュースを目にすることが当たり前になっている中とても明るく、嬉しいニュースですね。

このように長く平和な時代を築いていた文明では一体、どのような暮らしをしていたのか?

そこを覗いていけば、女性として見習いたいと思うヒントがありそうなので、少し縄文時代を覗いてみましょう。

縄文時代と「精霊崇拝」〜アニミズムの世界〜

縄文時代では『アニミズム』といって、自然は人に恵みを与え、時として脅威にもなりうると自然を畏れ敬い、空や山、樹や岩、野の草の一本一本に宿る力を大切にしていました。

出典:どこいく?×Tripadvisor 

自然に存在するものを尊み、すべてのものに神様が宿っていると考えることが、日本で“八百万の神”と言われる所以であったりもします。

縄文の人々は人間が中心なのではなく、“自分たちは世界の一部”だと考えるので、他者に対しても“リスペクト”を欠かさず、すべてのムラ、森、海とどこかで繋がっているという感覚が常にあったそうです。

また、集落に暮らす人々は男性は狩猟・漁労・女性は採集と身体能力にあった合理的な分業体制があって、若い夫婦が食料を取りに出かけている間、おじいさんやおばあさんが幼い子供達を集落内で面倒をみて、尊重し合いながら暮らしていました。

その時代に特徴としてあったのは『地母神信仰』というもの。

縄文時代の遺跡から特徴的な胸とふくよかな腰回りをした土偶が多く見つかっていて、それは地母神を象って製作されたものでした。

出典:デザインの文脈

※最古の縄文のヴィーナスとしては国宝に指定された。ヴィーナス像の用途は出産時に安産を祈って傍に置かれたのではないかと考えられている。

『地母神』とは多産、肥沃、豊穣をもたらす女神で、大地の豊かさを体現し、日本神話に出てくるイザナミとイザナギは、それぞれ天父と地母であるとも言われています。

そして、これは日本に限らず、世界中の神話で大地に根ざすのは皆、女性の女神であり、その土地の女性たちがその地をどう捉えるかによって、子孫たちがどのように文明を創っていくか変わっていきました。

 

大切なのは『地母神信仰』の背景には『太陽信仰』があり、これらは重なり、切り分けられてはいなかったこと。

 

食料を育てる中で地が固まって、芽がすくすく伸びて育つことも、実が稔ることも皆、太陽の動きに従っていることは地母神信仰によって理解され、生命のエネルギーはすべて太陽から注がれ、あらゆるものに宿る基本的な神々にはいつも、太陽の神が存在しました。

つまり、地母を動かすのが父である『太陽』だということが大事にされていたんですね。

 

縄文にあった柱も太陽に向かって創られています。

出典:縄文の夜明け

そして、縄文時代、今のようにお天気衛星もなかったので、暮らしに必要な食物を育てるためには、日々の太陽観察が必要でしたが、観察を行ったのは一家の女主人の戸女(トメ)であり、この戸女(トメ)は巫女として尊崇されたそうです。

太陽の巫女といわれた天照女神がスサノヲがとった行いに腹を立て、日読み(カヨミ)を止めたために人々は旬が分からなくなって、食物の収穫が減ってしまったという伝説もあるんだとか。

また、香炉土器と言って、土器全体が女性の体を表し、体内(胎内)に火が灯され、光が生まれる事を意味する神聖な土器がありました。

出典:trip-s人面香炉形土器:井戸尻考古館

日本神話には火の神“加具土命(かぐつち)”がイザナミから生まれる記述や、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は火の中で出産しますが、縄文時代の土器に“火の神が女性の胎内にいる”表現があるというのは、縄文の思想が日本神話に重なっていることが表れているのかもしれません。

神とはSP(スペースピープル)のことだった!?

縄文時代の土偶から『信仰』の世界も見えますが、その土偶の姿形からは地球以外の人との関わりがあったのではないかと言われています。例えばこちらの土偶。

出典:はちのぼうの旅ブログ鋳物師屋遺跡出土品:南アルプス市ふるさと文化伝承館

なんだか見ているととても愛らしくて、ずっと眺めてしまうのですが…

指が3本で、腕は長く、人間にも動物にもあまり見えません。

右側の土偶は正式には”円錐形土偶”といって、妊婦さんを表現しているような造形のため“子宝の女神 ラヴィ”と呼ぶそうです。

お臍のところがぐるぐる渦巻きになっていたり、子宮のところから植物(生命)が芽を出しているようにも見えますね。

また、古事記や日本神話を辿っていくと、この地球だけの視点では語れないことが多くあり、もっと広い宇宙観、古事記の世界を他惑星と結びつけて捉えていくと理解が進むことがあります。

例えば、古事記では鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ/別名「天の鳥船」)という、神産みの際、イザナギとイザナミの間に産まれた神がいますが、

 

出典元:装飾古墳今昔紀行  鳥船塚古墳にある壁画の一部

これも船の神ではなく、船自体、つまりスペースシップ(宇宙船)ではないかと考えられていたり、

19世紀初頭の江戸時代後期に、常陸国(現在の茨城県)大洗港の太平洋沖に出現したとされる未確認物体の一種である『虚舟』漂着した際、中には異国の女性が乗っていて、彼女がSP(スペースピープル)だったという話もあります。

出典元:カイカイch

ちなみに彼女が持ってる箱の中身は高度な科学技術を伝えるための設計図が入っていたとか。

羽衣伝説の羽衣は高度な科学技術だった

さらに、日本だけではなく世界中にある『羽衣伝説』からも、羽衣の高度な科学技術が伺えます。ちなみに羽衣伝説』は世界各地に存在する伝説の一つです。

天女は、天部に住む女性のことで、天帝などに仕えているとされる女官の総称。

人間界においては容姿端麗であることを除けば人と大きく変わるところはなく、“羽衣”と呼ばれる衣服で空を飛ぶとされています。

しかし、この羽衣を奪われたばかりに空に帰れなくなり、地上の男性と婚姻する話がよくある羽衣伝説。

例えば、日本最古の物語に『竹取物語』がありますが、こちらにもその羽衣の技術がわかりやすくあるのでご紹介しますね。

 

出典元:アマゾン

“かぐや姫は月の王の娘で、姫は地球から帰還した女性(羽衣伝説の一人)から地球であった話を聞き、憧れを抱くようになります。しかし、それは月の掟を破ることであり、地球からの帰還女性の消された記憶を呼び覚ましたと罪に問われ、その罰として地球に下されることになります”

以下はそのオフレコのシーンで、かぐや姫に月の王である父は伝えます。

お前は、かの禁断の星から帰りし者の、穢れた記憶を呼び覚まし、苦しめるという罪を犯した。

その上、お前はその穢れた星になぜか、憧れを抱いている。これも罪だ。

だから、罰としてお前を下ろそう、お前が行きたがっているあの穢れた星へと。

これ、そのように嬉しそうな顔をするでない。

お前はあの星ばかりを見つめて、私の話など上の空だが、これは恐ろしい罰なのだ。

お前はかのちで穢れにまみれ、苦しみながら過ごさねばならないのだぞ。

だが、お前がその穢れに耐えきれず、もうこの星にはいたくないと心で叫んだならば、その時お前の罪は許される。

お前自身があの星の穢れを認めたのだから。そして迎えが使わされ、この清らかな月へとお前を引き上げよう・・・・

出典元:空中庭園と幻の飛行船

お父さんの顔がちょっと気になるところですが・・・・

こうして地球に下ろされたかぐや姫は竹取の翁に育てられ、田舎で天真爛漫に育ちます。

そして、のちに「高貴な姫君」として、しきたりと壁に囲まれる窮屈な生活へと一転し、姫は貴族たち(地球人)の頭重心で独りよがりな姿に絶望に絶望を重ね続け・・・

 

「もうこの星にはいたくない!!!」

 

と心で叫んだので、それはテレパシーで月へ伝わり、約束の通り、月からのお迎えがやって来ます。

 

月の女官は泣きながら媼と翁に別れを告げる姫に「月に戻れば地上の穢れも消えますから」と諭し、

 

「地上は穢れてなどいない!!」

 

と反論するかぐや姫の隙を見て、地上の記憶を消し去る羽衣を着せ、記録を消してしまいます。

出典元:Junk -weed’s blog

 

迎えの一行と共に羽衣をまとった姫は地上を去りますが、地球を振り返ったときに記録を消されたはずの姫の頬にはそれでも涙の雫が伝うのでした…

出典元:Junk -weed’s blog

この、羽衣を着せられる最後の時をかぐや姫は古くからある書の中でこう詠っています。

 

“いまはとて 天の羽衣 着る時ぞ 君をあはれと おもひいでぬる”

“最後だと天の羽衣を着るまさにその時に、ふとあなたをしみじみと思い出してしまうものね・・・”と。

なんとも…色々と思いを巡らしてしまう物語ですが、竹取物語にはかぐや姫が『竹の中から生まれた』という“異常出生説話”、

かぐやが3ヶ月で大きくなったという“急成長説話”

かぐや姫の神異によって竹取の翁が富み栄えたという“致富長者説話”

かぐや姫が月へ戻るという“昇天説話(羽衣説話)”

などいろんな説話が込められ、これらはSP(スペースピープル)との関わりがあることや、神話の女神たちもSP(スペースピープル)なのかもしれないということが考えられますね。

さて、話は脱線してしまいましたが、また神話に戻して女神たちから学んでいきたいと思います。

女性の鏡!?日本神話の女神たち:アマテラス(天照大神/天照大御神)

画像出典元:八百万の神大辞典

日本ではとても有名な『天照大神』です。

神話ストーリー

日本を作ったイザナギの子供で、イザナギが自ら生み出した神、三貴子の中の一人。

古事記ではこの美しい女神の誕生に喜んだイザナギが、「高天原(天界)を治めなさい」と命じたとあります。

そしてのちに高天原にやってきたスサノオの行いに怒り、天岩戸に隠れてしまったことで世界が闇に閉ざされてしまったというエピソードは有名ですね。

また、孫のニニギノミコトに稲穂を渡して、これで豊葦原の国(日本)を開拓して暮らしをたてなさいと伝え、これが日本に稲作が伝わった始まりと言われていたり、天照大神は口に蚕を含んで糸を引くことができたので、養蚕の道、織物の文化も開かれました。

そんな天照大神は太陽神の性格と、太陽神(男神)に仕える巫女の性格を併せ持つ存在として描かれ、太陽に仕え、自然界に与え続ける女神であります。

 

思い返してみると、縄文のエピソードでもあったように、太陽に私たちはたくさんの恩恵を受けていますね。

 

「もしも太陽がない日常がやってきたら…」と考えると、それは困ってしまいます。

そう思えば、いつでも太陽が照らしていてくれること、その中で与えてもらっていること、またそれを護り育てていくこと…

天照大神の存在は、そのことを女性たちが忘れないようにという、大切なメッセージかもしれませんね。

そして、天照大神はいつもその太陽を側で感じている女神だから、現代では考えられない怒りたくなるような神々のエピソードも温厚に見守っていられるのかも。

この器の広さ、温厚さは見習いたいところです。

 

女性の鏡!?日本神話の女神たち:コノハナサクヤヒメ(木花咲耶姫)

神話ストーリー

瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)と木花咲耶姫(このはなさくやひめ)が結婚してから0日で懐妊した事を夫に告げると、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)は一夜しか共にしていないのに身籠るはずはないと「その腹の子は我が子ではなく、どこかの国津神の子に違いない」と疑います。

これを聞いて木花咲耶姫は、「身籠った子が国津神の子であれば、無事に生まれず、貴方の子であれば、無事に生まれるでしょう」と言い残して立ち去りました。

出産の時には出入口が無い四方を壁に囲まれた八尋殿(やひろどの)を建てて籠り、壁を土で塗り固め、そこに自ら火を放って出産に臨みます。

そして、火が盛んに燃えて照り輝いていた時に生まれた子をホデリ/海幸彦、火の勢いが弱くなった時に生まれた子をホスセリ、火が消えてから生まれた子をホオリ/山幸彦と名付けました。

木花咲耶姫は火中出産を無事し終えたことから、安産の神様と尊ばれ、昔、富士山はしばしば噴火を起こして周辺に住む人々に被害を与えてたので、そこで噴火などを抑えるために、木花咲耶姫を祀ることで鎮めようとしたと言われています。

そしてこの“一回限りの契り”の謎と正統性を証明するための火中出産と、木花咲耶姫の勇気の謎…

その裏には一体、何があったのか?

また、彼女は、桜の美を象徴する美しい女神でもありますが、男性的な火山の麓で女神として鎮座すること、火の中で子を産み、自分の使命を果たす芯の強さはかっこいいですね。

日本では“肝っ玉かあちゃん”などと言いますが、そんなことも連想させられます。

女性の鏡!?日本神話の女神たち:アメノウズメノミコト(天宇受賣命)

出典元:八百万の神大辞典

神話ストーリー

「天岩戸伝説」に太陽の女神、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸の中に籠ってしまわれたとき、これを引き出すべく神々が協議して、天鈿女命(あまのうずめのみこと)が岩戸の前で乱舞しました。

これがあまりに滑稽だったので、外の神々は大騒ぎとなり、その笑い声が気になり、天照大神が岩戸をそっと開けます…

その時!!とばかりに手力男命(たちからおのみこと)が岩戸をこじあけて、女神を外に連れ出したことで、再び空に明るさを取り戻すという話です。

神々が強力し合い、男性の3歩後ろに下がった天鈿女命の舞で岩戸から天照大神を引き出したその力は度胸、ユーモア!?笑い!?

天鈿女命のプライドを持つことなく、明るい爽やかなノリの良さは美しく、太陽がなくなった世界、暗闇に光を取り戻したのは“笑い”だった…ということ。

確かに、女性たちが難しい顔をしないで、自然にニコニコ笑っていたらなんだか平和そうですね。

さて、こうしてみると女性の本当の美しさとはなんでしょうか…?

神話に学ぶ、本物の女性性とは?

縄文や神話を読み進めていくと、嘗てからあった日本の倭の心は、今でも通じて私たちに残っているように思います。

ちなみに『倭人』とは日本の古称ですが、この文字の成り立ちは『にんべん』に、『委ねる』という文字が入っていて、ここからも日本にはアニミズム社会、母権社会、女性性社会の背景があることが感じられますね。

 

ですが、これは男性である審神者(さにわ)がいた上で成り立ち、そこに女性である巫女が結界となることで暮らしは護られていました。

つまり、男性と女性、それぞれ体に合った役割があり、互いに尊重し合いながら、護られているという安心感の元、現代の慌ただしさとは違い、女性たちの心に柱を見上げる余裕があったのかもしれません。

『大黒柱』という言葉も縄文からある『柱』に対する畏敬、家の全てを支え、家に住まう種族を安心させ、護ってくれる存在としてありました。

男性は頼られることにより父性が成長する性質があって、女性も守り育む“カミさん”として尊ばれる時、それに応えようと大きな母性が開花し、それは自分で育てるのではなく育ててもらうものだったんですね。

他にも、残っている文化として神社で行われる結婚式では花嫁は「白無垢」という白を基調とした衣装に身を包み、胸元に「懐剣」という護刀を持つという伝統があります。

出典:pinterest

この刀は名誉を守る為で、それは自分自身の名誉ではなく、家の名誉を守る覚悟の表れで、自らの誇りを守るために自分に刃を向けるという意味合いがありました。

そして、この“誇り”とは現代で言う「自尊心」ではなく、「守り敬えること、尊ぶ心」のことだそう。

ただ、私たちが神話から1つ学ばなければならないことは「あわうた」の始まり、先に女性が回って失敗したということです。

これは女性が先に見上げなければ“ヒルコが生まれちゃうよ”ということで、現代で言えば、「男性が女性を見守らないから、私たちは見上げないんだよ」と女性が男性に責任を置くのは、神話として「上手くいかないよ」というメッセージ。

実は先に女性が、“お姫様”として自分が見上げられ、思う存分、男性に癒されたいと思ったらどういう結末になるか教えてくれていたんですね。

話で聞くと、現代ではとても難しい話のように聞こえてしまいますが、今回のテーマであった本当の『女性性』とは何か?ということも、縄文時代から振り返ってみたら時代と環境が変われば全く違うものになっていて、今の住んでいるところや、都市や町の構造や文化も影響しているので女性個人の思考でなんとかできるものではなかったり、単純に“男性を立てればいいよ”という話でもなかったりします。

なので、私たちがどのような環境で、どのように女性性教育を受けるかということや、どんな環境や社会の中で日々暮らすのかということは、美しい女性性を育てることにとって、大切なことのように思えたりしますね。

最初に冒頭にあげた素敵な日本の写真、明治や江戸の時代には実はその縄文に近い女性性教育が、自然と女性同士で支えあいながら行われていたようです。

  

出典:WEB展覧会 No.37江戸・明治幻景~館蔵古写真とその周辺

伝える人、教える人、大地、空は教育。この今、ある体はいつでも外にあるものに合わせた体になってくれています。

そうであったら、いろんなことをまっさらにした状態でこの体が、ただただ純粋に女性として一番受けたいもの、人へ与えたいもの、育みたい女性性はどのようなものでしょうか?

改めて、先に生きた人が教えてくれたこと。今の時代だからこそ、学べること、今回登場した女神たちから学べることはなんでしょうか?

 

そして最後に、古代日本には神話や歴史を伝えるために、“語り部”という職があり、このことも縄文の平和に繋がっていたようです。

大地から、いま、回りにある全てのものや場所、人を尊重し生きあった先にあるその大切な記憶を、次世代に語り継ぐ口伝のお仕事。

その物語は人々の口から口へと受け継がれ、人々が口にする言葉の「音(おん)」は「言霊」と呼ばれ、そこにも「神が宿る」とされました。

 

子供達の髪をときながら、「あなたもいつかそうなってね…」と。

 

今、女性として次世代に語り継ぎたい、素敵な物語はありますか?

↓↓↓

無料メンバー登録で
SONKYOZINEの仲間と遊べる
”秘密基地”に集合!!!

現在のメンバー数 2173
キミが本当に知りたいこと、キミが今困っていること、その違和感の全ての答えは、この向う側にある