近代日本美術の父「岡倉天心」〜使命感に生きた男の生き様と、「茶の本」に込められた日本の情緒とは〜

岡倉天心という人をご存知だろうか。

名前だけは何となく知っているけど、

具体的に何をした人なのかと言われると、ちょっと分からない…という人がほとんどだろう。

でも、実はこの男、明治期の文明開化による西洋化の流れで失われそうになった

”日本文化を守り、新たな日本の美を創造する”

という使命感に燃えた、熱い男だったのだ!

今回は、そんな”近代美術の父”岡倉天心の知られざる生き様をお伝えしていこう!

岡倉天心ってどんな人?

知られざる数々の功績

本名、岡倉覚三(かくぞう)。

ちなみに、天心というのは号で、実は生前はほとんど本名しか使われていなかったらしい。

江戸末期に産まれた彼は、明治の文明開化による急激な日本文化の西洋化の流れに逆らうように、美術行政、教育、出版、あらゆることを行った。

中でも、東京藝術大学の前身である東京美術学校の設立に尽力したことは特に有名なので、これだけは知っているという人も多いかもしれない。

(設立当初の東京美術学校)

そしてなんと、弱冠27歳にして校長に就任し、横山大観、菱田春草など、のちに日本を代表することになる日本画家を何人も教育したのだった。

(横山大観)

(菱田春草)

他にも、同じく日本の美術の価値を見出していた、いわゆるお雇い外国人であるアーネスト・フェノロサと共に日本各地を巡り、

当時、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によって、壊滅的なダメージを受けていた日本の古来からの美術を保存しようとして、「国宝」誕生のきっかけを作ったり、

さらには、欧米や中国やインドを訪れ、世界の中での日本の美術がもつ意味を俯瞰し、「日本美術史」というものを初めて体系的にまとめあげ、その流れで「日本画」という言葉も生まれた。

こんな感じでざっくり天心の活動を見てみると、まさに近代日本美術の基礎を作り上げた人物と言っても過言ではなく、天心が”近代日本美術の父”と言われるのも頷けるね。

 

その後はアメリカにも活動範囲を広げ、今では東洋美術の殿堂として有名なボストン美術館の中国・日本美術部門の部長に就任し、海外に日本美術発信の拠点を作った。

(ボストン美術館)

そして晩年、ついに天心の代表的著書である「茶の本」を出版。

出版年である1906年は、日露戦争終戦直後という時代背景もあって、茶の本の出版は一大センセーションを巻き起こしたのだった。。

「茶の本」について

ニューヨークから英文で出版された茶の本は、原題「the book of tea」。

同年代に、同じく英語で出版された新渡戸稲造の「武士道」と並んで、今なお国内外で読み続けられている古典的日本文化の本だ。

いかにも古っぽい装丁だけど、実はこの本、めちゃくちゃ薄い!

日本語訳されたもので、本文はなんと80ページ足らず。そんな薄さの中に、日本文化の真髄を不足なく語っているのだから、その圧縮のされ方はまさに、味わい深い茶の如し。

それでいて文章も読みやすく、古典の3大イメージである、

「分厚い・難しい・堅苦しい」

の真逆をいく、

「薄い・簡潔・親しみやすい」

本となっている。

晩年に出版されたこともあって、この茶の本には岡倉天心という複雑な人間の、あらゆる側面が凝縮されているのだ!

ではいよいよ、そんな茶の本の名言から、彼の人間像に迫っていこう!

名言の宝庫!茶の本に見る天心の人間性

西洋に対する痛烈な批判

「茶の本」という、いかにも”おしとやか”そうなタイトルイメージに反して、冒頭で天心はいきなり、日本を理解しようとしない西洋の無礼さに対して、痛烈な批判を言い放つ。

西洋人は、日本が平和のおだやかな技芸に耽っていたとき、日本を野蛮国とみなしていたものである。だが、日本が満洲の大殺戮を犯しはじめて以来、文明国とよんでいる。

血なまぐさい戦争の栄光に頼らなければ文明国と名乗ることができないと言うのなら、日本は喜んで野蛮国のままでいよう。いつになったら西洋は東洋を理解するのだろうか。西洋の特徴はいかに理性的に「自慢」するかであり、日本の特徴は「内省」によるものである。

本のタイトルだけを見て、この本を開いた西洋の人たちはたいそう驚いたに違いないが、今では英語以外にもたくさんの言語に翻訳され、刷を重ねていることを考えると、やはり見過ごせない普遍的なエッセンスが詰まっており、読んだ人は何か感じるものがあったに違いない。

 

そして、これに続けて天心は高潔な日本人としての、自身のスタンスを表明する。

このようにあけすけなもの言いをしてしまっては、自分に茶道の心得がないと白状しているようなものかもしれないが、もっとも私は、つつしみ深い茶人になろうなどとは思っていない。西洋と東洋がお互いをよく知らないことによってこれまで多くの問題が起きているのだから、相互理解を深めるために自分が少しでも貢献するつもりなら、「慎み深くしていよう」などという遠慮は無用だろう。

もちろん今では、無理解による溝はかなり少なくなってきているけど、当時は遥かに日本に対して偏見を持たれていたようだ。

そんな当時の空気感がよく現れているエピソードがあるので、紹介しよう。

 

弟子の横山大観らと共にボストンの街を歩いていたときのこと。。羽織袴に下駄というスタイルで街を闊歩する一行に対して、とあるアメリカ人青年から、冷やかすようにこう話しかけられる。

 

What sort of ‘nese are your people ?  Are you Chinese, or Japanese, or Javanese ?(あんたたちは何ニーズだ?チャイニーズか、ジャパニーズかそれともジャワ人か?)

 

対して天心は、とっさにこう切り返す。

 

We are Japanese gentlemen. But what kind of ‘key are you ? Are you a Yankee, or a donkey, or a monkey ?(私達は日本の紳士である。貴方こそ何キーなのだ? ヤンキーか? ドンキー[ロバ、まぬけ]か? それともモンキーか?)

 

…!!???

この思いがけない流暢な返答に、その青年は、「負けた負けた」といった様子で、去っていったという。

このエピソードからは天心の颯爽とした態度がよく分かるけど、これは決して海外だけでなく、国内でもその態度は一貫していたようだ。

そのため敵をつくることも多く、

芸大の校長時代には、西洋化を促進すべく鉛筆による教育方針を推し進める教授陣に猛反発し、天心は毛筆にこだわる方針を主張をし続けて、ついには反対派から、信憑性も確かでないスキャンダルを流されて校長の座を追われる事件も起こっている。

(ちなみに、設立当初の芸大は、畳張りの教室だった。)

このあたりは、自ら立ち上げたApple社をクビにされたジョブズとも重なるところで、いつの時代も、新しいことをやろうとする人には逆風が吹くのが常らしい。

 

しかし、それでも天心の志は折れなかった。

何もかも嫌に候。

と弱音を吐くも、彼を慕って一緒に大学を辞めて行った教授や生徒たちの同志と共に、毎晩のように酒を飲み交わし、

 

” 気骨侠骨 何のその

堂々男子は死んでもよい “

 

などと即興で作った歌を歌いながら、互いに鼓舞し合って次なる拠点づくりに励んでいたという。

時代の逆風を受けて多くの人から嫌われながらも、厚い人望をもつところは男なら憧れるところだし、

さすが明治の志士といった感じだね。

 

日本文化の真髄、茶の湯の本質とは

さて、天心の熱さが分かったところで、お次は

一転して、天心の繊細な感性が分かる名言を紹介しよう。

禅と茶の関係について触れる天心。

禅が世に広まって以降、日本の美意識は、完成や重複といった左右対称の表現を避けてきた。

「完成」や「左右対称」というのは、他者が入る隙がなくなってしまうものであると語る。

ここでサラッと天心は、大量の骨董品や彫刻や絵画を飾る欧米の家に対して、皮肉交じりに

あれほどの色彩や形が入り乱れた中に置かれて過ごしているとすれば、よほど強力な芸術的感性を持ち合わせているに違いない。

などとユーモアを込めて呟く。

こういうちょっとスパイスを効かせた言葉を効かせるあたりも、天心の人柄が表れていて面白い。

次に肝心の茶の湯の本質について。

茶道の本質は「不完全さ」を崇拝することにある。それは、人生というままならぬ営みの中で何か可能なものを成就しようとするやさしい試みであるから

なんとも美しい言い回しだ。

日本の美意識の特徴の一つである、「不完全性」

己の不完全さを認めることで余白ができ、そこに他との交流が生まれる美意識、礼節について端的に言い表している名言だね。

「見ること」こそクリエイティブ。芸術鑑賞の極意!

最後に、芸術について。

天心は語る。

芸術鑑賞には共感し通い合う心が必要であり、それは、作品とそれを見る者相互の歩み寄りに基づくものでなければならない。芸術作品を見る者は、作者のメッセージを受け入れるのにふさわしい態度を身につける必要があるし、作者もメッセージを伝える方法を心得ていなければならない。

とかく芸術において、一般的には創る方ばかりにフォーカスされがちで、鑑賞者の方については問題にされにくいけど、天心はそこにも鋭くメスを入れる。

今日では、苦労して作者の気持ちを理解しようと努める者が少ないのは嘆かわしいことである。無知に凝り固まっていて、作者に対してそんな簡単な気づかいさえすることができない。そのおかげで、目の前に並べられた美の豊かなごちそうをみすみす食べ損なっている。作者はいつだって何かをふるまおうとしているのに、それを味わう力がないばかりに腹をすかしているのだ。

芸術というと、よく分からないものの代名詞みたいな扱いをされがちだけど、

例えば、よくありがちな

この絵はよく分からない。」という言葉。

裏を返すと、それは逆に

絵とはこういうものだ。」という固定観念があるからこそ出る言葉であって、

それこそが作者のメッセージを受け入れるのにふさわしくない態度であると、天心は伝えている。

そういった、無意識の傲慢さや無知に気付いて、自分自身を省みることが、天心が伝えたかった「内省」の意図であると思う。

すこし小難しい話になっちゃったかもしれないけど、

こういった天心の美意識や芸術感というのは、禅や老荘思想から大きく影響を受けているので、

もし気になる人は、こちらの記事を併せて読んでもらうと、より理解が深まると思うので、ぜひ読んでみてほしい。

はかない夢を見、美しき愚かさの中にしばし身を任せようではないか。

いかがだっただろうか。

天心の功績や、茶の本を通して、

彼の理知的であり、情熱的であり、それでいてユーモアもあるいろいろな面を見てきたけど、

結局のところ、天心のかっこよさは、

 

礼節」と「使命感

 

この2つに集約されると思う。

自分の不完全さを認め、謙虚に礼節を汲むこと。

それは決して何でも受け入れることではなくて、突っぱねるべきところで突っぱね、学ぶべきところは学び合う、軸の立った態度のことだ。

そして、その軸から湧き起こる使命感や情熱に従って生きることの愚直さが、死後百年経った現代においても、天心の人を惹きつける魅力に繋がっているのだと思う。

でも、天心の目指した理想というものが、実現したかと言えば、全くそんなことはない。

むしろ、茶の本の中で天心が批判していた西洋の方に、私たち日本人も近付いてしまっている感すらある。

そんな所有や消費の方にばかり価値を置く、物質主義的な文明構造を乗り越えるカギは「情緒」にあることを、天心はすでに教えてくれている。

天心は先生として指導する時に、こう口癖のように言ったという。

画家たる前に、美術家たる前に、まず日本人たれ、東洋人たれ、己れの持つものに、他に超えたる優秀のものあるを知れ

己がすでに持っているもの

ほとんどの人が、それを見つけたいがために悩んでいると言っても過言じゃない。

でも、自分のことを知るのは意外と難しい。

「自分が本当に何がしたいのか。」「本当は何が欲しいのか。」

この質問に答えられる人は、ごく少数だろう。それは、お金をたくさん稼いで、時間に余裕があるような、いわゆる成功者と呼ばれる人であっても同じ。

それが見つかりにくいのは、個人の才能の問題よりも、文明の構造がそうなっているから。一人で頭で考えれば見つかるものだという前提を取っ払えていないから。

僕らはもはや、「お金」や「時間」という前提条件なしに、「自分のやりたいこと」を考えることすらできなくなってきている。

天心は、たとえお金がたくさんあっても無くても、時間がたくさんあっても無くても、”日本文化を守り、新たな日本の美を創造する”ことをやり続けただろう。

なぜなら、それが天心が肚から納得したものだったから。それを見つけられたのは、

「謙虚にその時代を学び続ける礼節を持ち続けたから。」

「体の声を聞いて、自分の肚からの要求を探り続けたから。」

それらが交わるところに、本当のキミの使命は立ち上がる。

それは天心がそうであったように、職業や役職という単純なレッテルに収まるようなものじゃないだろう。

だから、この時代を生きている意味を知るために、叡智を学ぼう。

キミの肚の声を聞くために、下腹重心を学ぼう。

それが、結果として、新たな美、新たな文明を創造することにつながっているのだから。

令和の文明開化は、もうすでに始まっている。

 

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